思いきや深山の奥に住居して
雲井の月をよそにみんとは
- 歌の意味
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思いもしなかった。深山の奥に住まいして、雲居の月をよそながら見ることになろうとは。
- 鑑賞
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灌頂巻 大原御幸
法皇の一行が庵室に近づくと、後の山から墨染の衣を着た尼が下りてくるのが見えた。柴を折り、蕨を摘んで戻るところである。声をかけると、その老尼は、故少納言入道信西の娘で阿波の内侍だと名乗った。母は紀伊二位、昔は大層可愛がっていただいたものでございましたのに、やはり身の衰えはどうしようもございませぬのう——そう言ってしのび泣く。法皇は、そなたは阿波の内侍であったか、すっかり見忘れていた、それにしても夢のようじゃな、とまだ信じられぬご様子であった。供奉の面々も、先程から妙に高飛車な尼だと思っていたが、と今更ながら驚くのであった。
内侍の案内で女院の庵室に入り、障子を開けると、一間には来迎の三尊が飾られていた。中尊は手に五色の糸を持ち、左には普賢の画像、右には善導和尚と先帝の画像が並び、妙法蓮華経八巻と善導和尚の手になる御書も置かれている。昔は蘭麝の香りに満ちみちた部屋に過された女院が、今はあやしい香の匂いに包まれていた。
障子には、いろいろな経の文句を色紙に書いて、所々に張りつけてあった。大江定基法師の「笙歌遥かに聞ゆ孤雲の上、聖衆来迎す落日の前」という詩も見える。そして女院の歌らしく、この一首も書かれてあった。
「思ひきや」は、思っただろうか、いや思いもしなかった、という詠嘆である。
この言い出しは、巻第一「二代の后」で藤原多子が詠んだ「思ひきやうき身ながらにめぐりきておなじ雲井の月を見むとは」と、まったく同じである。しかも下の句の「雲井の月を……見むとは」まで一致している。多子は宮中へ連れ戻されて同じ月を見ることになろうとは、と詠んだ。女院は宮中を遠く離れて、その月をよそに見ることになろうとは、と詠む。
同じ型の歌が、物語のほとんど最初と、ほとんど最後に置かれている。片方は宮中へ引き戻される女性の嘆きであり、もう片方は宮中から最も遠いところまで来た女性の嘆きである。「雲井の月」という同じ一語を、正反対の位置から見上げていることになる。
この照応が意図されたものかどうかはわからない。ただ、灌頂巻を読む者が巻第一を憶えていれば、この一首は二重に響く。
なおこの歌は障子に書きつけられたものである。妓王の障子、僧坊の柱、拝殿の柱、内裏の柱、庵の柱——平家物語は建物に書き残された歌をくり返し描いてきた。女院のこの一首も、その系列に属している。
思ひきや……思っただろうか、いや思いもしなかった。
深山……奥深い山。
住居して……住まいして。
雲井……空。また宮中。
よそに……よそながら。遠く離れて。
みんとは……見ることになろうとは。
来迎の三尊……阿弥陀如来と観音菩薩、勢至菩薩。
五色の糸……臨終に仏の手と結ぶ糸。
阿波の内侍……少納言入道信西の娘。
蘭麝……蘭と麝香。高貴な香り。
- 出典
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平家物語
- その他の歌
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