いにしえは月にたとえし君なれど
その光なき深山辺の里
- 歌の意味
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昔は月にたとえた君であったが、いまはその光もない、深山のほとりの里であることよ。
- 鑑賞
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灌頂巻 女院死去
女院が障子に二首を書きつけたのに続いて、供奉に加わっていた徳大寺大納言実定も、興の赴くままに一首の歌を庵の柱に書きつけていった。
「月にたとへし君」は、かつて月に喩えられるほど輝いていた女院である。その人が、いまは光のない山里にいる。
「その光なき」は、月の光がないことと、女院に往時の輝きがないことの両方にかかる。深山辺の里には月の光さえ届かない、という景が、そのまま人の境涯になっている。景と人が一語で重なる作りで、賀の歌や哀傷歌の常套に近い。
注目したいのは詠み手である。実定は巻第五「月見」で、福原遷都のあと荒れ果てた旧都に月を見に行き、近衛河原の大宮を訪ねた人である。あのとき彼が訪ねたのは、巻第一「二代の后」で二代の帝の后とされた藤原多子だった。そして今度は、大原の女院を訪ねている。
落魄した高貴な女性を訪ね、月を詠むということを、この人は二度している。一度目は福原遷都の秋、二度目は平家滅亡の後である。物語のなかで、実定は月と廃墟を結びつける役割を負い続けている。
柱に書きつけるという形式も、平家物語がくり返してきたものである。巻第一の妓王の障子、巻第二の僧坊の柱、巻第四の拝殿の柱、巻第五の内裏の柱。その最後が、大原の庵の柱になった。
いにしへ……昔。
月にたとへし……月にたとえた。
君……ここでは建礼門院。
その光なき……その光もない。
深山辺……奥深い山のほとり。
里……人の住むところ。
徳大寺大納言実定……藤原実定。巻第五「月見」に登場する。
供奉……お供に加わること。
庵……粗末な小屋。
哀傷歌……人の死を悼む歌。
- 出典
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平家物語
- その他の歌
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