わびぬれば今はと物を思へども
心に似ぬは涙なりけり
- 歌の意味
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嘆き尽くしてしまったので、もうこれきりにしようと思うのだが、その心に従わないのが涙なのだった。
- 鑑賞
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5 忍び音
前坊の君がお亡くなりになったので、大輔は限りなく悲しくばかり思っていた。ところが、后の宮が后にお立ちになる日になったので、その悲しみようは忌まわしいということで、人目から隠された。そこで大輔が詠んで差し上げたのが、この歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
前坊とは、亡くなった前の皇太子をいう。后の宮は、この日に立后なさる方である。大輔については、地の文に名のほかの記載がない。
立后の儀は朝廷の祝賀の場であり、そこに喪に服す者を出すことは忌まれた。場面は宮中で、時は前坊の薨去からほど近い時期にあたる。
詠出の直接の契機は、立后の日にあたって人目から隠されたことである。表立って嘆くことを許されない立場に置かれたことが、この歌を生んでいる。
段はこの一首で終わり、歌に対する反応も後日のことも語られない。この歌は新勅撰集に収められている。
「わびぬれば」で、嘆き尽くしたことを先に置く。「ぬれば」は完了に原因を重ねた言い方で、もう嘆き終えたのだから、という前提を作る。
「今はと物を思へども」で、もうこれきりにしようという意志を述べる。「今はと」は、これを限りに、の意である。「ども」の逆接が、その意志が果たされないことをあらかじめ告げている。
結句の「心に似ぬは涙なりけり」は、その意志に従わないものとして涙を置く。心と涙とを分け、涙の側を制御できないものとして示す組み立てである。
悲しみを訴えるのではなく、悲しみが自分の手に負えないと述べるにとどめている。隠されて泣くことも許されない場面であればこそ、「心に似ぬ」という言い方が働く。
前坊(ぜんばう)——亡くなった前の皇太子。
后の宮——后。ここでは立后なさる方。
后に立つ——皇后の位に就くこと。立后。
ゆゆし——忌まわしい。不吉だ。はばかられる。
隠す(四段動詞)——人目につかないようにする。
わぶ(下二段動詞)——思い悩む。つらく思う。
今はと——これを限りに。もうこれきりと。
心に似ぬ——心の思うとおりにならない。
ども——〜けれども。逆接を表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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