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思ひきや過ぎにし人の悲しきに
君さへつらくならむものとは

歌の意味
思ってもみなかった。亡くなった人が悲しいうえに、あなたまでがつれなくなろうとは。
鑑賞
13 泣く泣く忍ぶ

 右馬允藤原千兼という人の妻は、としこという人であった。子どもも多く生まれ、互いに思い合って暮らしていたが、としこが亡くなってしまったので、千兼は限りなく悲しく思いながら日を過ごしていた。内の蔵人であった一条の君という人は、としこととても親しい間柄であった。それなのに、こういうことになった今にかぎって訪ねてこないので、不審に思っていたところ、その訪ねてこない人の従者の女に出会った。そこで千兼は「思ひきや過ぎにし人の悲しきに君さへつらくならむものとは」を託して言い送った。すると返しに「なき人を君が聞かくにかけじとて泣く泣く忍ぶほどな恨みそ」とあった。段はこの二首の贈答で閉じられる。
 藤原千兼は右馬允で、歌人として知られた藤原忠房の子である。忠房の娘は十一段に東の方として登場する。としこは千兼の妻で、三段では亭子院の御賀の支度を任され、九段では弔いの歌を詠んでいる。一条の君は内の蔵人であった女性で、としこと親しかった。
 場面はとしこの死後、千兼が悲しみのうちに日を過ごしていた時期である。としこと親しかったはずの一条の君が、弔いにも来ないままになっている。
 詠出の直接の契機は、その訪ねてこない一条の君の従者の女に、偶然出会ったことである。歌はその女に託して言い送られた。
 一条の君はこれに返しを詠み、贈答をもって段は閉じられる。三段や九段で歌を詠んでいたとしこの死が、ここで語られることになる。

 「思ひきや」で始めて、予想もしなかったという驚きを先に置く。「や」は反語で、思っただろうか、いや思わなかった、という言い方である。
 上の句で妻を失った悲しみを述べ、下の句で「君さへ」と、その悲しみに追い打ちをかける形で相手の疎遠を並べる。「さへ」は添加を表す助詞で、悲しみが二重になっていることを一語で示している。
 結句の「ものとは」は言いさしで、思わなかった、という述語が省かれたまま終わる。初句の「思ひきや」に戻って全体が閉じる仕組みになっている。
 相手を責める歌でありながら、責めの中身は訪ねてこないというだけで、それ以上は言わない。

右馬允(うまのじょう)——右馬寮の三等官。馬の管理にあたる役所の役職。
内の蔵人(うちのくらうど)——宮中の事務にあたる女官。
としこ——藤原千兼の妻。大和物語にたびたび登場する。
過ぎにし人——亡くなった人。
つらし——冷淡だ。薄情だ。
さへ——〜までも。添加を表す。
思ひきや——思っただろうか、いや思わなかった。反語を表す。
出典
大和物語
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