あらたまの年は経ねども猿澤の
池の玉藻は見つべかりけり
- 歌の意味
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年が改まるほど時が経ったわけでもないのに、猿沢の池の玉藻を見ることになりそうだ。
- 鑑賞
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14 池の玉藻
本院の北の方の妹で、童名をおほつふねという方がいらっしゃった。その方を陽成院の帝に差し上げたところ、帝がお通いにならなかったので、この歌を詠んで差し上げたのである。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
本院の北の方は左大臣藤原時平の妻である。おほつふねはその妹にあたり、童名で呼ばれている。陽成院は退位後の陽成天皇をいう。なお地の文は「詠みて奉りける」とのみ記し、詠み手がおほつふね本人か、差し上げた側の人かは明示していない。
場面は、おほつふねが陽成院に差し上げられたのち、帝の訪れがないままの時期である。
詠出の直接の契機は、その訪れがないことそのものである。歌は帝のもとへ差し上げられた。
段はこの一首で終わり、帝の反応も後日のことも語られない。歌は、帝に召されたのちに顧みられなくなった采女が身を投げ、その髪が池の藻となったという話を踏まえており、この話は百五十段に詳しく語られている。
「あらたまの」は「年」にかかる枕詞である。「年は経ねども」で、年が改まるほど時が経ったわけでもない、と前置きする。
「経ねども」の逆接が、それにもかかわらず、と下へつなぐ。采女ほど長く待ったわけでもないのに、という含みがここに置かれている。
「見つべかりけり」の「べし」は当然や予測を表し、玉藻を見ることになりそうだ、と言う。訴えを直接には言わず、古い話を一つ差し出すだけで済ませている。
その話を知っている者には何を言っているかがすぐに分かり、知らない者には昔語りとしか聞こえない。受け取り手の側に読み解きを委ねる作りになっている。
本院の北の方——本院に住む方の正妻。
童名(わらはな)——元服
成人以前に用いた幼いころの名。
奉る(四段動詞)——差し上げる。ここは入内させること。
おはしまさず——おいでにならない。訪れなさらない。
あらたまの——「年」にかかる枕詞。
猿澤の池——奈良、興福寺の南にある池。
玉藻——美しい藻をほめていう語。
采女(うねめ)——地方から出て宮中の供膳に仕えた女官。
〜べかりけり——〜することになりそうだ。〜するはずであった。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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