春の野に生ひじとぞ思ふ忘れ草
つらき心の種しなければ
- 歌の意味
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春の野に忘れ草は生えないだろうと思う。つれない心という種がないのだから。
- 鑑賞
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16 忘れ草
陽成院の典侍の御が、継父の少将のもとへ「春の野ははるけながらも忘れ草生ふるは見ゆるものにぞありける」を贈った。少将の返しに「春の野に生ひじとぞ思ふ忘れ草つらき心の種しなければ」とあった。段はこの二首の贈答で閉じられる。
典侍は内侍司の次官にあたる女官で、すけともいう。ここでは陽成院に仕えた女性である。継父の少将は、この女性の母の再婚相手にあたる。同じ少将は続く十七段にも現れ、故式部卿宮に仕えた出羽の御と歌をやりとりする。
場面は前の歌と同じく春である。
詠出の直接の契機は、典侍の御から届いた「春の野ははるけながらも忘れ草生ふるは見ゆるものにぞありける」である。忘れ草が生えているように見えるという訴えに応じている。
この返歌をもって十六段は閉じられる。地の文には歌の評もなく、贈答二首だけで段が成り立っている。
相手が持ち出した「春の野」と「忘れ草」をそのまま受け取り、その野には忘れ草など生えないと打ち返す。「生ひじ」の「じ」は打消の推量である。
「ぞ思ふ」の「ぞ」は強めで、そう思う、という判断を押し出す。
理由として下の句に置かれるのが「つらき心の種」である。草が生えるには種が要るという当たり前の理屈を、心の側にそのまま当てはめている。「し」は強めの助詞で、種というものがそもそもない、と念を押す。
忘れる心がないのだから忘れ草も生えない、という筋の通し方である。贈られた歌の語をそっくり用いて理屈で切り返す型で、十一段の住の江の松の贈答と同じ作りになっている。
生ひじ——生えないだろう。「じ」は打消の推量。
忘れ草——身につけると物思いを忘れるとされた草。
つらき心——冷淡な心。相手を思いやらない心。
種——草木の種。ここでは物事の起こるもと。
し——強めを表す副助詞。
なければ——〜がないので。理由を表す。
ぞ〜思ふ——係り結び。強調を表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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