世に経れど恋もせぬ身の夕されば
すずろに物の悲しきやなぞ
- 歌の意味
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生きながらえてはいるが恋もしないこの身が、夕方になるとわけもなく物悲しくなるのは、どうしてなのだろう。
- 鑑賞
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19 夕されば
同じ二条の御息所が、同じ式部卿宮のもとへ「世に経れど恋もせぬ身の夕さればすずろに物の悲しきやなぞ」を贈った。宮が久しくおいでにならなかったからで、秋のことであった。宮の返しに「夕ぐれに物思ふ時は神無月われも時雨におとらざりけり」とあった。地の文は、心に入らないまま、まずくお詠みになったようだと記す。段はこの二首の贈答とその評で閉じられる。
二条の御息所と式部卿宮は、前の十八段に登場した同じ二人である。十八段では正月の若菜が贈られており、この段はその後の秋の場面にあたる。
場面は秋である。前の十八段の正月から季節が移り、間遠なままの関係が続いていることが分かる。
詠出の直接の契機は、宮が久しくおいでにならなかったことである。
この歌には宮からの返しが続くが、その返歌については地の文が、心に入らないまま、まずくお詠みになったようだと評を加えている。
「世に経れど」で、ただ生きながらえていることを言い、「恋もせぬ身の」で、まず自分は恋などしていないと言っておく。
そのうえで、それなのに夕暮れになると理由もなく悲しい、と続けるので、否定したはずの恋が結局そこに残る形になる。
「すずろに」は、これといった理由もなく、の意で、悲しみの原因を明示しないまま置く。「夕さる」は夕方になる、の意である。
結句の「悲しきやなぞ」は問いかけで、相手に答えを求める形をとりつつ、実際にはその原因が誰にあるかを暗に示している。恨み言をいっさい使わずに訴える点は、前の十八段の若菜の歌と一続きの姿勢である。
世に経(ふ)——世を過ごす。生きながらえる。
夕さる(四段動詞)——夕方になる。
すずろなり(形容動詞)——これといった理由もない。何ということもない。
ものの悲し——何となく悲しい。
なぞ——なぜか。どうしてか。
やなぞ——どうしてなのだろうか。疑問を表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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