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夕ぐれに物思ふ時は神無月
われも時雨におとらざりけり

歌の意味
夕暮れに物思いをするときは十月であって、私も時雨に劣らないほどだ。
鑑賞
19 夕されば

 同じ二条の御息所が、同じ式部卿宮のもとへ「世に経れど恋もせぬ身の夕さればすずろに物の悲しきやなぞ」を贈った。宮が久しくおいでにならなかったからで、秋のことであった。宮の返しに「夕ぐれに物思ふ時は神無月われも時雨におとらざりけり」とあった。地の文は、心に入らないまま、まずくお詠みになったようだと記す。段はこの二首の贈答とその評で閉じられる。
 二条の御息所と式部卿宮は、前の十八段に登場した同じ二人である。十八段では正月の若菜が贈られており、この段はその後の秋の場面にあたる。
 場面は同じ秋、御息所から歌が届いたあとである。
 詠出の直接の契機は、御息所から届いた「世に経れど恋もせぬ身の夕さればすずろに物の悲しきやなぞ」である。
 この歌のあと、地の文は、心に入らないまま、まずくお詠みになったようだと記す。歌の出来そのものを語り手が断じてしまう例で、大和物語には珍しくない書き方である。

 「神無月」は陰暦十月で、時雨の降る季節にあたる。夕暮れに物思いにふけるときの自分は、まるで十月そのもので、降る時雨にも負けないほど涙を流している、という組み立てである。
 相手が「夕されば」と置いたのを「夕ぐれに」と受け直しており、形のうえでは贈答として整っている。
 「おとらざりけり」の「けり」は気づきを示す言い方だが、ここでは自分のことを述べているため、その働きが弱い。
 相手が悲しみの理由を明かさずに問いかけたのに対し、こちらは自分も同じだと重ねるだけで、問いに答えていない。地の文の評は、この応じ方の物足りなさを指したものと読める。

神無月(かんなづき)——陰暦十月。時雨の降る季節。
時雨(しぐれ)——晩秋から初冬にかけて、降ったりやんだりする雨。
おとる(四段動詞)——劣る。負ける。
物思ふ(四段動詞)——思い悩む。物思いにふける。
心に入る——気持ちを込める。本気になる。
悪し——出来がよくない。まずい。
出典
大和物語
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