久方の空なる月の身なりせば
ゆくとも見えで君は見てまし
- 歌の意味
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もしも空にある月の身であったなら、行くとも見られないままに、あなたを見ていられただろうに。
- 鑑賞
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20 桂の皇女
その式部卿宮を、桂の皇女がひたすらに慕っておられたけれど、宮はおいでにならなかった。そのころ、月のたいそう美しい夜に、皇女が御文を差し上げなさった、そこに添えられていたのがこの歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
式部卿宮は、十七段から十九段まで続けて登場した同じ宮である。桂の皇女は桂に住まわれた皇女で、地の文はそれ以上の記載をしていない。
場面は、月のたいそう美しい夜である。皇女が慕いながら、宮の訪れがないままの時期にあたる。
詠出の直接の契機は、その月の美しい夜に御文を差し上げたことである。歌はその文に添えられた。
段はこの一首で終わり、宮の返しは語られない。十八段と十九段で二条の御息所に通わなくなっていた同じ宮が、ここでは別の女性から慕われながら応じないという配置になっており、三段続けてこの宮の不実さが示される形になる。
「久方の」は空や月にかかる枕詞である。
「月の身なりせば」で仮定を立てる。「せば〜まし」は事実に反する仮定で、実際にはそうでないことを前提にした言い方になる。
その仮定のもとで何ができるかを下の句で述べる。月なら空を渡っていっても、行くところを人に見とがめられることがない。「ゆくとも見えで」がそれを言い、「君は見てまし」で、だからあなたを見ていられただろうに、と結ぶ。
実際には、身分ある女の側からは自由に訪ねていけないという事情が背景にあり、その不自由を月への羨望として言い表している。折しも月の美しい夜という場面が、そのまま歌の素材になっている。
桂の皇女——桂に住まわれた皇女。
せちに(副詞)——ひたすらに。しきりに。
よばふ(四段動詞)——求婚する。言い寄る。
御文(おほんふみ)——お手紙。
久方の——「空」「月」などにかかる枕詞。
〜せば〜まし——もし〜であったなら〜だろうに。事実に反する仮定。
ゆく(四段動詞)——訪ねて行く。通って行く。
で——〜しないで。打消の接続。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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