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せかなくに絶えと絶えにし山水の
たれしのべとか声を聞かせむ

歌の意味
せき止めたわけでもないのに、すっかり絶えてしまった山水のように、誰を偲べといって、この声を聞かせようというのか。
鑑賞
23 せかなくに

 陽成院の二の皇子が、後蔭の中将の御女のもとに長年通っていたが、女五の宮を得られてからは、まったく訪れなくなってしまった。そこで女は、もはや来ることもないだろうとあきらめて、たいそう悲しみに沈んでいた。ところがしばらくして、思いがけないときに皇子が訪れたので、女は言葉を掛けることもできず、逃げて扉の内側に籠もってしまった。そのまま帰った皇子は、翌朝、これまでのことをお話ししようと訪ねたのに、どうして隠れてしまわれたのか、と言ってきた。女は手紙に詞をしたためず、ただこの歌だけを書き送ったのである。
 陽成院の二の皇子は、退位後の陽成天皇の第二皇子にあたる。後蔭の中将は近衛府の次官を務めた人で、その娘が歌の詠み手である。女五の宮については、五番目の内親王という呼称のほか、地の文に記載がない。
 場面は皇子が訪れた翌朝である。前夜、女は皇子を避けて扉の内に籠もっている。
 詠出の直接の契機は、翌朝に届いた皇子の言葉である。なぜ隠れたのかという問いに対して、女は散文の詞を一切書かず、歌一首だけを返した。
 段はこの一首で終わり、皇子の反応は語られない。この歌は続後撰集に収められている。

 「せかなくに」は、せき止めたわけでもないのに、の意である。水をせき止めるという言い方で、自分から通いを断ったのではないことを言う。
 「絶えと絶えにし山水」は、同じ語を重ねて、すっかり絶えきったことを強める言い方である。通いが途絶えたことを、涸れた山水に重ねている。
 下の句の「たれしのべとか声を聞かせむ」は、誰を偲べといって声を聞かせるのか、の意。水が絶えた以上、その音を聞かせる相手もいない、という筋になる。「声」は水音であると同時に、皇子の言葉をも指す。
 昨夜も今朝も口をきかず、歌だけを返しているという場面と、声を聞かせるという歌の語とが噛み合っている。詞を書かなかったこと自体が返答になっている一首である。

陽成院——退位後の陽成天皇。
二の皇子——第二皇子。
中将——近衛府の次官。
御女(むすめ)——他人の娘を敬っていう語。
女五の宮——五番目の内親王。
せく(四段動詞)——水をせき止める。
なくに——〜ないのに。
山水——山から流れ出る水。
しのぶ(四段動詞)——思い慕う。懐かしく思い出す。
出典
大和物語
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