をみなへし折る手にかかる白露は
むかしの今日にあらぬ涙か
- 歌の意味
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女郎花を折る手にかかる白露は、昔のこの日がもう戻らないことを嘆く涙なのだろうか。
- 鑑賞
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29 をみなへし
故式部卿宮の屋敷に、三条の右大臣をはじめとする上達部が集まって、囲碁を打ったり管弦を楽しんだりして夜が更けると、みな酔って語り合い、贈り物を与えなどしていた。そのとき、女郎花を頭にさした右大臣が、この歌を詠んだ。他の人々の歌も多くあったが、よくないものは忘れてしまった、と地の文は結んでいる。
三条の右大臣は藤原定方。右大臣に至り、三条に邸があったことによる呼び名である。六段に登場した藤原朝忠はその子にあたる。故式部卿宮は式部省の長官を務めた親王で、十七段から二十段まで続けて登場した宮である。この段では、その宮がすでに亡くなったあとの屋敷が舞台になっている。
場面は故式部卿宮の屋敷で、上達部が集まった夜更けの宴である。女郎花が咲いていることから、秋のことと知れる。
詠出の直接の契機は、右大臣が女郎花を折って頭にさしたことである。その手にかかった白露が、そのまま歌の中身になっている。
段はこの一首で終わる。他の人々の歌は忘れられたと地の文は記し、歌が伝わり残るかどうかで出来を測る書き方になっている。この歌は新勅撰集に収められている。
「をみなへし」は秋の七草の一つで、細い茎の先に黄色い小花をつける。「女」の字を含む名から、女性を思わせる花として詠まれてきた。
「折る手にかかる白露」は、折ったときに手にかかった露のことである。目の前で起きたことを、そのまま初句から三句に置いている。
「むかしの今日にあらぬ涙か」は、昔のこの日がもう戻らないことを嘆く涙なのか、の意である。「むかしの今日」は、宮が存命であったころの、同じこの日を指す。
露を涙と見る言い方は古くからあるが、ここでは自分の涙ではなく、花にかかった露をそう見ている。宴の座興として詠まれながら、亡き宮を悼む歌になっており、酔って語り合う場に一転して悲しみを差し入れる働きをしている。
式部卿宮——式部省の長官を務める親王。
上達部(かんだちめ)——三位以上および参議の高官。
碁——囲碁。
遊び——管弦の遊び。音楽を奏でること。
禄(ろく)——功に対して与える褒美の品。
をみなへし——秋の七草の一つ。女郎花。
かざす(四段動詞)——花や枝を髪や冠に挿す。
白露——白く光る露。
むかしの今日——以前の、同じこの日。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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