沖つ風ふけゐの浦に立つ浪の
なごりにさへやわれはしづまむ
- 歌の意味
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沖の風が吹く、その吹井の浦に立つ波の名残にまで、私は沈んでしまうのだろうか。
- 鑑賞
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30 ふけゐの浦
故右京の大夫が、昇進できるはずの時期であるのに自分は昇進できずにいる、と思っていたころのこと。亭子の帝のもとに紀伊の国から石のついた海松が献上されたので、それを題にして皆が歌を詠んだ。そのときに右京の大夫が詠んだのがこの歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
故右京の大夫は源宗于。光孝天皇の孫にあたり、三十六歌仙の一人に数えられる歌人である。右京大夫は右京職の長官にあたる。亭子の帝は宇多天皇のことで、一段と二段にも登場する。
場面は亭子の帝のもとである。紀伊の国から石のついた海松が献上され、それを題として歌を詠む場が設けられた。海松は食用にもされた海藻である。
詠出の直接の契機は、その献上された海松を題に歌を詠むことになったことである。宗于は昇進のことを気に病んでいる最中にあり、その心情が題詠の形をとって歌になった。
段はこの一首で終わり、帝の反応も後日のことも語られない。この歌は新千載集に収められている。
「沖つ風」は沖から吹く風で、次の「ふけゐ」を導く働きをしている。
「ふけゐの浦」は紀伊の国の地名で、その「ふけ」に、風が「吹け」の意が掛けられている。献上された海松が紀伊の国からのものであることが、この地名の選び方につながっている。
「立つ浪のなごり」は、波が引いたあとに残る揺れをいう。本体の波ではなく、その名残という、ごく弱いものである。
結句の「われはしづまむ」で、その弱い波の名残にまで沈んでしまうのか、と問う。石のついた海松は、浮かばずに沈むほかない。題として与えられた海藻に自分を重ね、昇進できない身の沈みようを述べている。題詠でありながら、実際には自分の身の上を訴える歌になっている点が眼目である。
右京の大夫(かみ)——右京職の長官。
かうぶり——位階。ここは昇進のこと。
紀伊の国——現在の和歌山県と三重県南部にあたる。
海松(みる)——食用にもされた海藻の名。
奉る(四段動詞)——差し上げる。献上する。
沖つ風——沖から吹く風。
ふけゐの浦——紀伊の国の地名。「吹け」を掛ける。
なごり——波が引いたあとに残る揺れ。余波。
さへ——〜までも。添加を表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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