よそながら思ひしよりも夏の夜の
見はてぬ夢ぞはかなかりける
- 歌の意味
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よそごととして思っていたときよりも、夏の夜の見終わらない夢のほうが、はかないものであった。
- 鑑賞
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31 見はてぬ夢
同じ右京の大夫が、監の命婦に贈った歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
故右京の大夫は源宗于。光孝天皇の孫にあたり、三十六歌仙の一人に数えられる歌人である。右京大夫は右京職の長官にあたる。三十段では紀伊の国から献上された海松を題に歌を詠んでいる。監の命婦は大和物語に繰り返し登場する女房で、八段では中務の宮と、二十一段と二十二段では良少将と歌をやりとりしている。
場面の時期や場所は明示されない。歌に夏の夜が詠まれていることから、夏のことと知れる。
詠出の直接の契機は地の文に記されない。示されているのは、宗于から監の命婦へ歌が贈られたということだけである。
段はこの一首で終わり、監の命婦の返しは語られない。この歌は後撰集に収められている。
「よそながら」は、他人事として、自分とは関わりのないこととして、の意である。人の恋をよそから見ていたころ、という前置きになる。
「思ひしよりも」で比べる形を作り、下の句へつなぐ。よそから見て思っていたはかなさよりも、実際はもっとはかなかった、という筋である。
「夏の夜の見はてぬ夢」は、夏は夜が短いため、夢を見終わらないうちに明けてしまうことをいう。短さとあっけなさを一続きに述べた言い方である。
結句の「はかなかりける」は「ぞ」の係りを受けて結ばれ、そういうものだったのだ、という気づきの調子を作る。段の並びの上では、三十段の昇進を嘆く歌と、三十二段の昇進を願う歌との間に置かれており、恋の歌として読みながら、叶わぬ望みの嘆きとしても響く位置にある。
右京の大夫(かみ)——右京職の長官。
命婦(みやうぶ)——宮中に仕える中級の女官。
よそながら——他人事として。自分に関わりのないこととして。
夏の夜——夜の短い季節としていう。
見はつ(下二段動詞)——最後まで見終わる。
はかなし——あっけない。頼りない。
ぞ〜ける——係り結び。強調を表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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