白雲のここのへに立つ峰なれば
大内山といふにぞありける
- 歌の意味
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白雲が幾重にも立つ峰であるから、大内山というのであった。
- 鑑賞
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35 大内山
堤の中納言が、宮中の使いとして大内山に参上したところ、法皇が何となく心細げでいらしたので、しみじみと思われた。高い所であるから、雲は下のほうから多く立ちのぼるように見えたので、このように詠んだ。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
堤の中納言は藤原兼輔。中納言に至り、賀茂川の堤のあたりに邸があったことによる呼び名である。歌人として知られ、三十六歌仙の一人に数えられる。続く三十六段にも同じく宮中の使いとして登場する。法皇は出家した上皇をいう。
場面は大内山である。出家した法皇がそこにおられ、兼輔が宮中からの使いとして参上した。高所であるため、雲が下から立ちのぼって見えたと地の文は記す。
詠出の直接の契機は、その立ちのぼる雲を目にしたことである。法皇が心細げでいらしたことへの同情が、その前に置かれている。
段はこの一首で終わり、法皇の反応は語られない。この歌は新勅撰集に収められている。
「白雲の」は雲そのものを指すとともに、次の「ここのへ」を導く働きをしている。
「ここのへ」は幾重にも、の意であるが、九重すなわち宮中を指す語でもある。雲が幾重にも立つという景色に、宮中の意が重なる。
「大内山」の「大内」は内裏の別称でもある。地名の由来を説き明かす形をとりながら、その名の中に宮中を読み込んでいる。
結句の「いふにぞありける」は、そう言うのであったのだ、という納得の言い方で、「ぞ」の係りが「ける」で結ばれる。心細げでいらした法皇に対し、ここもまた宮中と呼ぶにふさわしい所です、と告げる働きを持つ一首である。
堤の中納言——藤原兼輔のこと。賀茂川の堤のあたりに邸があったことによる呼び名。
中納言——太政官の官職。大納言に次ぐ。
御使ひ——宮中からの使者。
法皇——出家した上皇。
大内山——山の名。「大内」は内裏の別称でもある。
白雲——白い雲。
ここのへ——幾重にも。また、九重、すなわち宮中。
ぞ〜ける——係り結び。強調を表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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