かく咲ける花もこそあれわがために
おなじ春とやいふべかりける
- 歌の意味
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このように咲いている花もあるというのに、私にとってこれを同じ春だと言うことができるだろうか。
- 鑑賞
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37 おなじ春
出雲の守が、兄弟の一人は昇進して殿上を許されたのに、自分はそのような立場になれなかったときに詠んだ歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
出雲の守は出雲国の国司の長官である。昇進した兄弟については、地の文に名の記載がない。殿上を許されるとは、清涼殿の殿上の間に昇ることを認められることをいう。
場面の時期は春である。歌に咲いた花が詠まれていることから知れる。
詠出の直接の契機は、兄弟の一人が殿上を許され、自分はそうならなかったことである。
段はこの一首で終わり、聞き手の反応も後日のことも語られない。三十二段と三十三段に続いて、昇進の叶わない身を訴える歌が置かれた配置になっている。
「かく咲ける花もこそあれ」は、このように咲いている花もあるというのに、の意である。「こそあれ」が逆接の働きをして、それなのに、と下へつなぐ。
咲いた花は、殿上を許された兄弟を指す。同じ木から出た枝でありながら、一方だけが咲いているという形になる。
「わがために」は、自分にとっては、の意である。同じ春が来ているはずなのに、自分には花がない。
結句の「おなじ春とやいふべかりける」は、同じ春と言うことができようか、という反語である。春そのものは誰にも同じく訪れるという前提を置いたうえで、その前提が自分には当てはまらないと言う。兄弟の昇進を直接には言わず、咲いた花と咲かない春という対比だけで訴えを成り立たせている。
出雲の守(かみ)——出雲国の国司の長官。
はらから——兄弟姉妹。
殿上(てんじょう)——清涼殿の殿上の間に昇ることを許されること。
かく(副詞)——このように。
こそあれ——〜であるのに。逆接の働きをする。
わがために——自分にとっては。
や〜べかりける——〜できただろうか、いや〜できない。反語を表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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