たまさかにとふ人あらばわたの原
嘆きほにあげていぬとこたへよ
- 歌の意味
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まれに私のことを尋ねる人があったなら、大海原へ、嘆きを帆に上げて去っていったと答えてほしい。
- 鑑賞
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38 嘆きほにあげて
先の帝の五の皇子の御女は、一条の君と呼ばれて京極の御息所のもとに仕えていたが、よくない事情があって退出し、壱岐の守の妻として都を去るときに詠んだ歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
先の帝の五の皇子は、先代の帝の第五皇子にあたる。その娘が一条の君である。京極の御息所は左大臣藤原時平の娘で、宇多天皇の女御となった人で、三段にも登場する。壱岐の守は壱岐国の国司の長官である。
場面は都を離れる日である。宮仕えを退いたのち、地方の国司の妻として下ることになっている。壱岐は海を渡って行く島国である。
詠出の直接の契機は、その都を去る日そのものである。
段はこの一首で終わり、聞き手の反応も後日のことも語られない。歌は、古今集に見える在原行平の、まれに尋ねる人があったら須磨の浦で藻塩を垂れて嘆いていると答えよ、という歌を踏まえている。
「たまさかに」は、まれに、たまたま、の意である。誰かが尋ねてくれることを、そもそもまれなこととして置く。
「とふ人あらば」の「とふ」は、訪ねる、また消息を尋ねる、の意である。「あらば」の仮定が、あるかどうかも分からない、という含みを作る。
「わたの原」は大海原のことで、海を渡って壱岐へ下ることを示す。「嘆きほにあげて」の「なげき」に、嘆きと、船の帆柱を立てる「投げ木」の意が響き、帆を上げるという船の動作に嘆きが重ねられている。
結句の「いぬとこたへよ」は、去ったと答えよ、という命令である。自分で語るのではなく、残る人に伝言を託す形をとる。行平の歌が、須磨という近い土地で待つ姿勢を述べていたのに対し、こちらは海を渡って去っていく側から詠まれている。
先の帝——先代の帝。
五の皇子——第五皇子。
御息所(みやすんどころ)——天皇の寵を受けた女性の呼び名。
壱岐の守(かみ)——壱岐国の国司の長官。
たまさかに(副詞)——まれに。たまたま。
とふ(四段動詞)——訪れる。消息を尋ねる。
わたの原——大海原。
嘆き——「嘆き」と、帆柱を立てる「投げ木」の意を響かせる。
いぬ(ナ変動詞)——去った。行ってしまった。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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