つつめども隠れぬものは夏虫の
身よりあまれる思ひなりけり
- 歌の意味
-
包んでも隠れないものは、夏の虫の身から余りあふれ出る思いなのであった。
- 鑑賞
-
40 ほたる
桂の皇女のもとに式部卿の宮がお通いになっていたころ、宮に仕えていた童が、ひそかに宮をお慕いしていたけれど、宮はお気づきにならなかった。蛍の飛び交う夜、あれを捕らえてこい、と仰せになったので、童が女の童の着物の袖に蛍を捕らえて包み、お見せするときに詠んで差し上げたのがこの歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
桂の皇女は桂に住まわれた皇女で、二十段と二十六段にも歌が見える。式部卿の宮は式部省の長官を務めた親王で、十七段から二十段まで続けて登場する。詠み手の童については、宮に仕えていた年少の召使いという以外、地の文に記載がない。
場面は蛍の飛び交う夜で、季節は夏にあたる。
詠出の直接の契機は、蛍を捕らえてこいという宮の仰せである。童は袖に蛍を包み、それを差し出す際にこの歌を添えた。
段はこの一首で終わり、宮の反応は語られない。この歌は後撰集に収められている。
「つつめども」は、包んでも、の意である。袖に蛍を包んだという、その場の動作をそのまま初句に置いている。
「隠れぬものは」で、包んでも隠れないものへと話を移す。袖に包んだ蛍の光は透けて見える、という目の前の事実から起こしている。
「夏虫」は蛍のことである。「身よりあまれる思ひ」の「おもひ」に、「火」の意が掛かる。蛍の身から余りあふれる光と、自分の身に余る思いとが、この一語で重なる。
結句の「なりけり」は気づきを示す言い方である。宮に気づかれないままの思いを、蛍を差し出すというその場の用事に託して打ち明けている。仕える身から主へ向けられた歌であり、言葉のうえでは蛍の光を述べているにすぎない点に、この一首の慎みがある。
桂の皇女——桂に住まわれた皇女。
式部卿の宮——式部省の長官を務める親王。
童(わらは)——年少の召使い。
女の童(めのわらは)——少女の召使い。ここはその着物。
つつむ(四段動詞)——包む。
夏虫——蛍。夏に飛ぶ虫。
あまる(四段動詞)——余る。あふれ出る。
おもひ——「思ひ」と「火」との掛詞。
なりけり——〜であったのだなあ。気づきを表す。
- 出典
-
大和物語
- その他の歌
-