里はいふ山にはさわぐ白雲の
空にはかなき身とやなりなむ
- 歌の意味
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里では人が言い立て、山では騒ぎになる。その白雲のように、空しくはかない身になってしまうのだろうか。
- 鑑賞
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42 白雲の空
ゑしうという法師が、ある女のもとに御験者として仕えていたときに、とやかく世間で噂が立ったので、「里はいふ山にはさわぐ白雲の空にはかなき身とやなりなむ」と詠んだ。また、その女に詠んで贈るには「あさぼらけわが身は庭の霜ながらなにを種にて心生ひけむ」とあった。以上が段の全体である。
ゑしうは法師である。御験者は加持祈祷を行う僧をいう。この法師は続く四十三段と四十四段にも登場し、そこでは大徳とも呼ばれる。相手の女については、御験者として仕えていた先という以外、地の文に記載がない。
場面は、ゑしうが御験者として女のもとに仕えていた時期である。里と山の双方で噂が立ったと歌は述べており、僧としての立場が危うくなっている。
詠出の直接の契機は、その噂が立ったことである。
この歌のあと、同じ段にはゑしうが女に贈った歌が続く。さらに四十三段では、ゑしうが住まいを引き払って深い山へ入る場面が語られる。
「里はいふ山にはさわぐ」で、里と山とを並べる。里は俗世、山は僧の世界を指し、その両方で噂になっていることを示す。
「白雲の」は、次の「空」を導く働きをしている。雲が空にあることから、空しいという意味の「空」へつなぐ形である。
「空にはかなき身」は、空しくはかない身、の意である。噂によって行き場を失った自分を、空に浮かぶ雲に重ねている。
結句の「身とやなりなむ」は、そういう身になってしまうのだろうか、という疑問である。噂の内容を否定するでも認めるでもなく、それによって自分がどうなるかだけを述べている。
ゑしう——法師の名。
御験者(おほんげんざ)——加持祈祷を行う僧。
里——人里。俗世。
さわぐ(四段動詞)——騒ぎ立てる。
白雲——白い雲。「空」を導く。
空(そら)——空。また、空しいこと。
はかなし——頼りない。あてどない。
なむ——〜てしまうだろう。強い推量。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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