ひとの親の心は闇にあらねども
子を思ふ道にまどひぬるかな
- 歌の意味
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人の親の心は闇というわけでもないのに、子を思う道にはやはり迷ってしまうことだ。
- 鑑賞
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45 心は闇にあらねども
堤の中納言が、御息所を入内させたはじめのころは、帝が娘をどうお思いになっているかと常に心配しておられた。それで帝に詠んで奉ったのがこの歌である。帝はたいそう心を動かされた。返しもあったけれど、それは人々に伝えられていない、と地の文は結ぶ。
堤の中納言は藤原兼輔。中納言に至り、賀茂川の堤のあたりに邸があったことによる呼び名である。三十六歌仙の一人に数えられ、三十五段と三十六段では宮中の使いとして登場している。御息所はその娘で、入内した女性にあたる。帝は、娘を迎えた当時の帝である。
場面は入内して間もないころである。娘が宮中に上がったばかりで、帝の心がどうであるかが分からない時期にあたる。
詠出の直接の契機は、その娘の身の上を案じる気持ちである。歌は帝のもとへ奉られた。
帝はこの歌にたいそう心を動かされ、返しも詠まれたが、その歌は伝えられていない。この歌は後撰集に収められている。
「ひとの親の心は闇にあらねども」で、親の心は闇ではない、とまず断る。「ども」の逆接が、それにもかかわらず、と下へつなぐ。
闇でないのに迷う、という言い方が歌の骨組みである。闇の中なら迷って当然だが、そうではないのに迷う、というところに、親の心の抜き差しならなさが出る。
「子を思ふ道」は、子を思う心の道筋である。道という語が置かれることで、闇と迷うという語が一続きに働く。
結句の「まどひぬるかな」は、迷ってしまったことだ、という詠嘆である。帝に対して娘のことを頼む歌でありながら、頼む言葉は一つも使わず、親としての迷いだけを述べている。帝が心を動かされたのは、この言い方によるものと読める。
堤の中納言——藤原兼輔のこと。賀茂川の堤のあたりに邸があったことによる呼び名。
御息所(みやすんどころ)——天皇の寵を受けた女性の呼び名。
奉る(四段動詞)——差し上げる。献上する。
闇(やみ)——暗闇。分別を失った状態のたとえ。
ども——〜けれども。逆接を表す。
まどふ(四段動詞)——迷う。分別を失う。
ぬるかな——〜てしまったことだ。詠嘆を表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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