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ゆきて見ぬ人のためにと思はずは
誰か折らましわが宿の菊

歌の意味
行って見ることのできないお前のためにと思わなければ、誰がこの家の菊を折ったりするだろうか。
鑑賞
49 わが宿の菊

 その同じ帝が、斎院になっていた御女のもとに、菊を贈られたときに「ゆきて見ぬ人のためにと思はずは誰か折らましわが宿の菊」と詠まれた。斎院からの返しに「わが宿に色をりとむる君なくはよそにもきくの花を見ましや」とあった。以上が段の全体である。
 斎院は賀茂の社に仕えた未婚の内親王
女王をいい、伊勢の斎宮とは別である。ここでは帝の御女がその任にあった。帝は前の四十八段と同じ帝である。
 場面は帝のもとである。菊が咲いていることから、秋のことと知れる。
 詠出の直接の契機は、斎院である御女のもとへ菊を贈ることである。歌はその菊に添えられた。
 斎院はこれに返しを詠み、贈答をもって段は閉じられる。この歌は続古今集に収められている。

 「ゆきて見ぬ人」は、行って見ることのできない人、の意である。斎院は賀茂の社に仕える身で、宮中へ自由に出入りすることができない。その立場が、この一語に置かれている。
 「思はずは」は、思わなかったならば、という仮定である。「ずは〜まし」の形で、事実に反する仮定を作る。
 「誰か折らまし」は反語で、誰が折るだろうか、いや折らない、と言う。お前のためでなければ折りはしないのだ、という筋になる。
 結句の「わが宿の菊」で、その菊が自分の家のものであることを示す。宮中に咲く菊を、そこへ来られない娘のもとへ届けるという場面が、歌の全体を成している。贈り物と歌が一つに働く形で、三段の柳の枝や十七段の尾花と同じである。

斎院(さいゐん)——賀茂の社に仕えた未婚の内親王
女王。
御女(むすめ)——他人の娘を敬っていう語。
ゆきて見ぬ——行って見ることのできない。
ずは〜まし——もし〜しなかったならば〜だろうに。事実に反する仮定。
誰か〜まし——誰が〜だろうか、いや〜ない。反語を表す。
宿(やど)——住まい。家。
菊——秋に咲く花。長寿を祝う花としても詠まれた。
出典
大和物語
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