わたつみの深き心はおきながら
うらみられぬるものにぞありける
- 歌の意味
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海のように深い心は持っているのに、それでも恨まれてしまうものであった。
- 鑑賞
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52 深き心
これも帝の返しである。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
帝は前の五十一段と同じ帝である。五十一段では斎院からの訴えに返しを詠んでおり、この段の歌もその続きの返しとして置かれている。相手は同じく斎院と読める配置になっているが、地の文は明示していない。
場面の時期や場所は明示されない。
詠出の直接の契機は地の文に記されない。前段の贈答を承けた二首目の返しという位置づけになっている。
段はこの一首で終わり、斎院の反応も後日のことも語られない。この歌は拾遺集に収められている。
「わたつみ」は海、海神をいう語で、次の「深き」を導く働きをしている。
「深き心はおきながら」の「おき」に、心に「置く」と、海の「沖」との意が掛かる。深い心を持っていながら、と、沖にありながら、とが重なる。
「うらみられぬる」の「うら」に、恨みと、海の「浦」との意が掛かる。沖と浦という海の景が、心を持ちながら恨まれるという言い分の下に敷かれている。
結句の「ものにぞありける」は「ぞ」の係りが「ける」で結ばれる形で、そういうものであった、と抑えて結ぶ。掛詞を重ねて海の景色を一貫させながら、言いたいのは、深い心があっても表からは見えない、ということである。
わたつみ——海。また、海神。
深し——深い。心の深さと海の深さを兼ねる。
おく——「置く」と「沖」との掛詞。
うらみ——「恨み」と「浦見」との掛詞。
ながら——〜でありながら。逆接を表す。
ぞ〜ける——係り結び。強調を表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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