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ゆくすゑの宿世を知らぬ心には
君にかぎりの身とぞいひける

歌の意味
行く末の宿縁を知らない心では、あなただけの身だと、そう言っていたのだ。
鑑賞
62 昔の人になにを

 のうさんの君という女は、浄蔵と、他に比べるもののないほど愛情を交わし合う仲であった。かならずと約束して、互いの思いをみな言い合える仲であったので、のうさんの君が「思ふてふ心はことにありけるをむかしの人になにを言ひけむ」と言ってよこした。浄蔵大徳の返しに「ゆくすゑの宿世を知らぬ心には君にかぎりの身とぞいひける」とあった。以上が段の全体である。
 浄蔵は天台宗の僧で、三善清行の子にあたる。加持祈祷の逸話で知られる人物である。大徳は徳の高い僧に対する敬称である。のうさんの君については、地の文に呼び名のほかの記載がない。
 場面は同じく、二人の仲が睦まじかった時期である。
 詠出の直接の契機は、のうさんの君から届いた「思ふてふ心はことにありけるをむかしの人になにを言ひけむ」である。昔の人に何を言っていたのかという問いに応じている。
 この返歌をもって六十二段は閉じられる。地の文には歌の評もなく、贈答二首だけで段が成り立っている。

 「ゆくすゑの宿世」は、行く末の宿縁、これから先どうなるかという定めのことである。「宿世」は前世からの因縁をいう仏教の語で、僧である浄蔵の立場が言葉づかいに出ている。
 「知らぬ心には」は、それを知らない心では、の意である。先のことが分からないのが人の心だ、という一般論を置く。
 「君にかぎりの身とぞいひける」は、あなただけの身だと言っていたのだ、の意である。「ぞ」の係りが「ける」で結ばれる。
 相手が「なにを言ひけむ」と問うたのに対し、その中身を具体的に答えてみせる形になっている。昔もそう言っていたはずだ、という指摘であり、今の睦まじさの中での戯れとしても、僧らしい理屈での切り返しとしても読める。相手の問いをそのまま受け取って答えに変える型で、この作品の贈答歌に繰り返し見られる。

ゆくすゑ——行く末。将来。
宿世(すくせ)——前世からの因縁。定め。
かぎり——限り。ここは、その人だけであること。
とぞいひける——そう言っていたのだ。
ぞ〜ける——係り結び。強調を表す。
出典
大和物語
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