さもこそは峰の嵐は荒からめ
なびきし枝をうらみてぞ来し
- 歌の意味
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なるほど峰の嵐は激しかったのだろう。だがその風になびいた枝を恨みながら帰ってきたのだ。
- 鑑賞
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63 峰のあらし
源宗于がある娘のもとへ通っていたのを、その親が聞きつけて咎め、逢わせないようにしたので、むなしく帰ってきたことがあった。そのとき、朝に詠んで贈った歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
源宗于は光孝天皇の孫にあたり、三十六歌仙の一人に数えられる歌人である。三十段から三十二段、三十四段、三十九段にも登場し、五十四段ではその三男が歌を詠んでいる。相手の娘とその親については、地の文に記載がない。
場面は、通っていった先で逢えずに帰ってきた翌朝である。
詠出の直接の契機は、親に阻まれて逢えずに帰ったことである。歌は娘のもとへ贈られた。
段はこの一首で終わり、娘の返しも後日のことも語られない。
「さもこそは」は、なるほどそうであろう、の意である。相手の事情を一応は認める形から始まる。
「峰の嵐は荒からめ」は、峰の嵐は激しかったのだろう、の意である。嵐は親の咎めを指す。娘の側に事情があったことを、まず認めていることになる。
「なびきし枝」は、その風になびいた枝である。親の言葉に従った娘を指す。嵐は仕方がないが、なびいた枝のほうは別だ、という筋になる。
「うらみてぞ来し」の「うらみ」に、恨みと、葉の裏を見る意の「裏見」とが響く。枝を下から見上げる姿と、恨む心とが重なる。嵐そのものではなく、それになびいた枝を恨む、という一点に的を絞った一首である。
源宗于——光孝天皇の孫にあたる歌人。
いさむ(下二段動詞)——咎める。禁じる。
むなし——甲斐がない。何も得られない。
さもこそは——なるほどそうであろう。
峰の嵐——峰に吹く激しい風。ここは親の咎めをたとえる。
なびく(四段動詞)——風に吹かれて横に靡く。
うらみ——「恨み」と「裏見」との掛詞。
ぞ〜し——係り結び。強調を表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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