古典和歌stream

死ねとてやとりもあへずはやらはるる
いといきがたきここちこそすれ

歌の意味
死ねということなのか。取るものも取りあえず追い払われるとは。まことに生きた心地もしない。
鑑賞
65 死ねとてや

 南院の五男は三河の守であった。承香殿に住んでいた伊予の御に恋をした。訪ねたいと告げれば、御息所にお仕えするためこれから宮中に参りますので、と言ってきたので「たまだれのうちと隠るはいとどしく影を見せじと思ふなりけり」と詠み送った。さらに「なげきのみしげきみ山のほととぎす木がくれゐても音をのみぞなく」とも詠んだ。ようやく女のもとにたどり着いたが、今日はお帰りください、と冷たくあしらわれ「死ねとてやとりもあへずはやらはるるいといきがたきここちこそすれ」と詠んだ。これに対する女の返歌は面白かったらしいが、知られていない。また雪の降る夜、話だけはしてくれて、夜も更けたのでお帰りくださいと女が言い出すので、途中まで帰りかけたが、雪がたいそう降っていたので帰ることもできず戻ってきたところ、戸に鍵をかけて開けてくれなかったので「われはさは雪降る空に消えねとやたちかへれどもあけぬ板戸は」と詠んで踏みとどまっていた。女は後に、このように歌も詠み、思い深く語りながら居るのでどうしようかと思って板戸から覗いてみたけれど、お顔のほうがやはりよろしくなかったので、と語ったという。以上が段の全体である。
 南院の五男は三河の守を務めた人である。三河の守は三河国の国司の長官にあたる。承香殿は後宮の殿舎の一つで、弘徽殿に次ぐ格式とされた。伊予の御はそこに住んでいた女性である。
 場面は、男がようやく女のもとへたどり着いたところである。
 詠出の直接の契機は、今日はお帰りください、と冷たくあしらわれたことである。
 この歌に対する女の返歌は面白かったらしいが、知られていない、と地の文は記す。段はここから、雪の夜の場面へと続いていく。

 「死ねとてや」は、死ねということなのか、という問いである。冒頭からこの語を置くことで、以下の嘆きの強さが決まる。
 「とりもあへず」は、取るものも取りあえず、間を置く暇もなく、の意である。着いたそばから追い返される慌ただしさを言う。
 「やらはるる」は、追い払われる、の意である。「るる」は受身で、自分が一方的に追われる立場にあることを示す。
 結句の「いといきがたきここちこそすれ」の「いき」に、生きることと、行くこととが響く。生きた心地がしない、と、行きにくい、とが重なる形になる。「こそ」の係りが「すれ」で結ばれ、その心地を強めている。訴えの激しさが四首のうちで最も強く出た一首である。

とりもあへず——取るものも取りあえず。間を置く暇もなく。
やらふ(四段動詞)——追い払う。追い立てる。
る——受身を表す助動詞。
いき——「生き」と「行き」とを響かせる。
がたし——〜しにくい。〜できない。
ここち——気持ち。感じ。
こそ〜すれ——係り結び。強調を表す。
出典
大和物語
その他の歌