賀茂川の瀬にふす鮎のいをとりて
寝でこそあかせ夢に見えつや
- 歌の意味
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賀茂川の瀬に伏している鮎の、寝ているのを捕って、私は寝もせずに夜を明かした。夢に見えたでしょうか。
- 鑑賞
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70 うまやうまや
その東国へ下った忠文に、監の命婦が山桃を贈ったときに、やまももの名を歌に詠み込んで「みちのくの安達の山ももろともに越えば別れの悲しからじを」と歌った。監の命婦は堤にある家に住んでいた。それで鮎を捕って贈ったときに「賀茂川の瀬にふす鮎のいをとりて寝でこそあかせ夢に見えつや」と詠んだ。こうして男は陸奥へ下ったのち、使いの人に託して思いのこもった手紙を何度か寄こしたが、旅先で病にかかって死んだと聞いて、監の命婦は悲しい思いに囚われた。そう聞いたのちに、篠塚の駅という所から、使いの人に託してしみじみと綴られた男の手紙が届けられた。女はたいそう悲しくなって、いつの手紙でしょうと尋ねると、使いが大分経ってから持ってきたものだという。そこで女は「篠塚のうまやうまやと待ちわびし君はむなしくなりぞしにける」と詠んで泣いたという。この死んだ男は、少年のうちに殿上して仕え、幼名を大七といったのを、元服して蔵人所に仕え、金を都へ運ぶ使いを兼ねて、親の供をして陸奥に行ったのだった。以上が段の全体である。
藤原忠文は征夷大将軍として陸奥へ下った人で、前の六十九段にも登場する。監の命婦と愛を交わしていたのはその子にあたる人で、六十九段では狩衣の歌を詠んでいる。監の命婦は大和物語に繰り返し登場する女房で、十段では堤の家を売って粟田へ移ったことが語られている。篠塚の駅は東国へ下る道筋にあった宿駅である。
場面は監の命婦の住む堤の家である。賀茂川の堤にあたり、川が近い。
詠出の直接の契機は、鮎を捕って東国の男のもとへ贈ったことである。歌はその鮎に添えられた。
この歌のあと、段は男の死の知らせへと移っていく。
「賀茂川の瀬にふす鮎」は、川の浅瀬に身を伏せている鮎のことである。住まいが堤にあることが、この景を可能にしている。
「いをとりて」の「いを」に、魚の意の「魚」と、寝ることをいう「寝を」とが掛かる。鮎を捕ることと、寝ているところを捕らえることとが重なる。
「寝でこそあかせ」は、寝ないで夜を明かした、の意である。「こそ」の係りが「あかせ」で結ばれる。鮎漁は篝火を焚いて夜通し行うもので、実際に眠らなかったことと、相手を思って眠れなかったこととが重なる。
結句の「夢に見えつや」は、夢に見えただろうか、という問いである。眠らずにいる自分の姿が、そちらの夢に現れたかと尋ねる形で、贈り物に託した便りとして結ばれている。
賀茂川——京を流れる川。
堤(つつみ)——賀茂川の堤。監の命婦の住まいがあった。
瀬(せ)——川の浅い所。
ふす(四段動詞)——身を伏せる。横たわる。
鮎(あゆ)——川魚。夜、篝火を焚いて捕った。
いを——「魚」と「寝を」との掛詞。
寝(ね)で——寝ないで。
こそ〜せ——係り結び。強調を表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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