古典和歌stream

宿近くうつして植ゑしかひもなく
まちどほにのみ見ゆる花かな

歌の意味
家の近くへ移して植えた甲斐もなく、ただ待ち遠しくばかり見える花であることだ。
鑑賞
74 待ち遠にのみ

 同じ堤の中納言が、屋敷の正殿の少し遠いあたりに立っていた桜を、近くに移し替えたところ、枯れそうに見えるので詠んだ歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
 堤の中納言は藤原兼輔。三十六歌仙の一人に数えられ、七十一段、七十三段にも続けて登場する。
 場面は兼輔の屋敷である。正殿から少し離れた所にあった桜を、近くへ移し植えたところであった。
 詠出の直接の契機は、移し植えた桜が枯れそうに見えたことである。
 段はこの一首で終わり、その後のことは語られない。なお、もとは梅を詠んだ歌で結句も異なっていたものが、七十一段との関連で桜に改められたとする見方がある。

 「宿近くうつして植ゑし」は、家の近くへ移して植えた、の意である。少しでも近くで花を見ようとした行いを、まず述べる。
 「かひもなく」は、その甲斐もなく、の意である。手をかけたのに思うようにならなかったことを示す。
 「まちどほにのみ」は、待ち遠しくばかり、の意である。「のみ」の限定が、待つほかにできることがないことを表す。近くに置いたのに、かえって咲くのを待つばかりになった、という逆転がここにある。
 結句の「見ゆる花かな」は詠嘆で終わる。近づけたはずが遠くなったという言い方で、思いどおりにならないものを述べている。七十一段が桜と人の命を並べた段であり、この段の桜もその流れの中に置かれている。

宿(やど)——住まい。家。
うつす(四段動詞)——移し替える。植え替える。
かひ——甲斐。効果。
まちどほなり(形容動詞)——待ち遠しい。待つ時間が長い。
のみ——〜だけ。限定を表す。
見ゆ(下二段動詞)——見える。
かな——〜ことだなあ。詠嘆を表す。
出典
大和物語
その他の歌