今宵こそなみだの川にいる千鳥
なきてかへると君は知らずや
- 歌の意味
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今宵こそ、涙の川に入った千鳥が鳴きながら帰るのだと、あなたはご存じないのだろうか。
- 鑑賞
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76 涙の川
桂の皇女のところに源嘉種が来ているのを、母の御息所が聞きつけて扉を閉ざさせてしまったので、源嘉種は一晩中つらい思いで外に立っていて、ようやく帰るときに、門の隙間から投げ入れたのがこの歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
桂の皇女は桂に住まわれた皇女で、二十段と二十六段にも歌が見える。源嘉種はその桂の皇女のもとへ通っていた人で、続く七十七段にも登場する。母の御息所は皇女の母にあたる。
場面は桂の皇女の屋敷の門前である。中に入れぬまま夜を明かし、朝になって帰るところにあたる。
詠出の直接の契機は、母に扉を閉ざされ、一晩中外に立たされたことである。歌は門の隙間から投げ入れられた。
段はこの一首で終わり、皇女の返しも後日のことも語られない。
「今宵こそ」の「こそ」が、今宵にかぎって、と強く限定する。他の夜とは違うことを、初句が押さえている。
「なみだの川にいる千鳥」は、涙の川に入った千鳥、の意である。「いる」は入る意で、川に入ることをいう。千鳥は水辺の鳥で、その声とともに古来歌に詠まれてきた。
「なきてかへる」の「なき」に、鳥が鳴くことと、人が泣くこととが重なる。鳴きながら帰る千鳥と、泣きながら帰る自分とが、この一語で一つになる。
結句の「君は知らずや」は、ご存じないのだろうか、という問いである。門の外で一晩立っていたことを、相手が知らないままかもしれない、という状況に添った結び方になっている。歌を投げ入れるという振る舞いが、知らせる唯一の手立てになっている。
桂の皇女——桂に住まわれた皇女。
御息所(みやすんどころ)——天皇の寵を受けた女性の呼び名。
鎖す(さす)——戸に鍵をかける。閉ざす。
今宵(こよひ)——今夜。
千鳥(ちどり)——水辺に群れる鳥。その声は古来歌に詠まれた。
いる(四段動詞)——入る。
なく——「鳴く」と「泣く」とを重ねる。
知らずや——ご存じないのだろうか。疑問を表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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