栗駒の山に朝たつ雉よりも
かりにはあはじと思ひしものを
- 歌の意味
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栗駒の山を朝立つ雉が狩に遭うまいとするよりも、かりそめの逢瀬などしまいと思っていたのに。
- 鑑賞
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82 かりにはあはじ
その右近のもとに、その後も権中納言の君が便りもしないで、やがて雉を贈ってきたので、その返事に詠んだのがこの歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
右近は季縄の少将の娘で、女流歌人として知られる。八十一段から八十五段まで五段続けて登場し、八十四段の歌は拾遺集に採られ、小倉百人一首にも収められている。権中納言の君は前の八十一段にも登場し、そこでは右近から言葉の行方を問う歌を贈られている。
場面は、便りの絶えたまま雉が届けられたところである。栗駒の山は狩場として知られた地である。
詠出の直接の契機は、その雉が贈られてきたことである。歌はその返事として詠まれた。
段はこの一首で終わり、権中納言の反応も後日のことも語られない。
贈られた品が雉であることが、この歌の出発点になっている。「きじ」の音に「来じ」すなわち来るまい、という意が響き、便りもせずに雉だけを贈ってきた相手の仕打ちが、品そのものに表れる形になる。
「栗駒の山に朝たつ雉」は、狩場の山を朝飛び立つ雉のことである。雉は狩の獲物であり、狩に遭わぬよう用心する鳥として置かれている。
「かりにはあはじ」の「かり」に、狩と、かりそめとが掛かる。雉が狩に遭うまいとするのと、自分がかりそめの恋をするまいとしたのとが、この一語で重なる。
結句の「思ひしものを」は詠嘆を含む逆接で、そう思っていたのに、と言いさしたまま終わる。用心していたはずが結局そうなった、という悔いが、述語を置かずに残される。
右近(うこん)——季縄の少将の娘。女流歌人。
権中納言——中納言の定員外に置かれた官職。
雉(きじ)——きじ。「来じ」の音を響かせる。
栗駒の山——狩場として知られた山。
朝たつ——朝、飛び立つ。
かり——「狩」と「かりそめ」との掛詞。
あはじ——逢うまい。遭うまい。
ものを——〜であるのに。詠嘆を含む逆接。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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