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おもふ人雨と降りくるものならば
わがもる床はかへさざらまし

歌の意味
思う人が雨となって降ってくるものならば、この雨漏りのする床を裏返したりはしないだろうに。
鑑賞
83 わが守る床

 その右近が宮中に仕えて一室に住んでいたときに、忍んで通ってくる人があった。その人は蔵人頭であったので、常に殿上に出仕していた。ある雨の降る夜、右近の部屋の蔀の向こうにその人が立ち寄ったのも知らずに、右近は雨漏りがするので筵を裏返そうとして、この歌をつぶやいた。すると情が湧いてきて、その人はふと部屋に入っていった。段はその一文で閉じられる。
 右近は季縄の少将の娘で、女流歌人として知られる。八十一段から八十五段まで五段続けて登場し、八十四段の歌は拾遺集に採られ、小倉百人一首にも収められている。通ってきた人は蔵人頭を務めていた人である。蔵人頭は天皇の側近くに仕える役で、常に殿上に出仕していたと地の文は記す。
 場面は雨の降る夜、宮中の右近の部屋である。相手は蔀の外に立ち寄っていたが、右近はそれを知らない。
 詠出の直接の契機は、雨漏りのする筵を裏返そうとしたことである。歌は誰かに贈られたものではなく、つぶやかれたものである。
 その声を聞いた相手は情が湧いて部屋に入った。ひとりごとの歌が人を動かした形で段が締めくくられている。

 「おもふ人雨と降りくる」は、思う人が雨となって降ってくる、という仮定である。「ものならば」が事実に反する仮定を作る。
 「わがもる床」の「もる」は、雨が漏ることをいう。同時に、床を守るという意も響き、恋人の来る床を守ることに重なる。
 「かへさざらまし」は、裏返したりはしないだろうに、の意である。寝床の敷物を裏返したり移したりすると恋人が来なくなるという俗信を踏まえており、雨漏りのために裏返さねばならない状況が、そのまま恋の障りとして詠まれている。
 この歌は誰かに向けて詠まれたものではなく、作業をしながらのひとりごとである。それを蔀の外で聞いた相手が入ってきたという結びで、聞かせるつもりのない言葉が最も効いたことになる。

蔵人頭(くらうどのとう)——天皇の側近くに仕える役の長。
殿上(てんじょう)——清涼殿の殿上の間に昇ること。
蔀(しとみ)——上へ持ち上げて開く格子戸。
筵(むしろ)——敷物。
もる——「漏る」と「守る」とを響かせる。
床(とこ)——寝床。
ものならば〜まし——もし〜であったなら〜だろうに。事実に反する仮定。
かへす(四段動詞)——裏返す。ひっくり返す。
出典
大和物語
その他の歌