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忘らるる身をば思はずちかひてし
人のいのちの惜しくもあるかな

歌の意味
忘れられる我が身のことは思わない。ただ神に誓ったあの人の命が惜しく思われることだ。
鑑賞
84 誓ひてし人の命

 また右近が、忘れないよとあらゆることを誓った男が、結局自分を忘れてしまったときに送った歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
 右近は季縄の少将の娘で、女流歌人として知られる。八十一段から八十五段まで五段続けて登場し、八十四段の歌は拾遺集に採られ、小倉百人一首にも収められている。相手の男については、あらゆることを誓った男という以外、地の文に記載がない。
 場面の時期や場所は明示されない。示されているのは、誓いを立てた男が右近を忘れたという経緯だけである。
 詠出の直接の契機は、その男に忘れられたことである。歌はその男のもとへ送られた。
 段はこの一首で終わり、男の反応も後日のことも語られない。この歌は拾遺集に収められ、小倉百人一首にも採られている。

 「忘らるる身をば思はず」は、忘れられる我が身のことは思わない、の意である。「るる」は受身で、忘れられる側であることを示す。自分を案じないと、まず言い切る。
 「ちかひてし人」は、神仏に誓いを立てた人、の意である。当時、誓いを破れば神罰が下ると信じられており、その前提がこの一語に置かれている。
 「人のいのちの惜しくもあるかな」は、その人の命が惜しく思われる、という詠嘆である。誓いを破ったあなたの命が危ういのが惜しい、という筋になる。
 自分の恨みを述べるかわりに、相手の身を案じる形をとっている。表向きは相手を思いやる言葉でありながら、神罰を持ち出している点で、そのまま恨みにもなる。着想の巧みさが心情の表現と一つになっており、この作品でも広く知られた一首である。

忘らる——忘れられる。「る」は受身。
思はず——思わない。心にかけない。
ちかふ(四段動詞)——神仏に誓いを立てる。
いのち——命。
惜し——惜しい。失うのが残念だ。
かな——〜ことだなあ。詠嘆を表す。
拾遺集——第三の勅撰和歌集。
出典
大和物語
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