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よし思へ海女のひろはぬうつせ貝
むなしき名をば立つべしや君

歌の意味
ならばいっそ思ってくださいな。海女も拾わぬ空の貝殻のように、むなしい名ばかりを立ててよいものでしょうか、あなたは。
鑑賞
85 うつせ貝

 同じ右近が、桃園の宰相が右近のもとに通っている、などと噂が広がったとき、それは事実ではなかったので、宰相に詠んで贈った歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
 右近は季縄の少将の娘で、女流歌人として知られる。八十一段から八十五段まで五段続けて登場し、八十四段の歌は拾遺集に採られ、小倉百人一首にも収められている。桃園の宰相は宰相すなわち参議を務めた人で、桃園にちなむ呼び名を持つ。
 場面の時期や場所は明示されない。示されているのは、通っているという噂が立ち、それが事実ではなかったという経緯だけである。
 詠出の直接の契機は、その噂が広まったことである。歌は宰相のもとへ贈られた。
 段はこの一首で終わり、宰相の返しも後日のことも語られない。

 「よし思へ」は、それならいっそ思ってください、の意である。「よし」は、ままよ、それならそれで、という投げ出した調子を含む。噂を打ち消すのではなく、いっそ事実にしてしまえという方へ振れている。
 「海女のひろはぬうつせ貝」は、海女も拾わない空の貝殻のことである。中身がないという一点で、実のない噂に重なる。
 「むなしき名」は、実のない評判、根も葉もない浮き名のことである。「むなし」が、貝の空であることと、噂の実がないこととを一つにつないでいる。
 結句の「立つべしや君」は反語で、立ててよいものでしょうか、いや立てるべきではない、と言う。噂だけが立って中身がない状態を、それでよいのかと相手に問う形になっている。恨みでも弁明でもなく、噂の空しさを突きつけて相手に判断を返した一首である。

桃園の宰相——桃園にちなむ呼び名を持つ参議。
宰相(さいしゃう)——参議の唐名。
よし——ままよ。それならそれで。
海女(あま)——海に潜って漁をする女。
うつせ貝——中身のない貝殻。
むなし——中身がない。実がない。
名を立つ——評判が立つ。浮き名が立つ。
べしや——〜てよいものか。反語を表す。
出典
大和物語
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