かた岡にわらびもえずはたづねつつ
心やりにや若菜つままし
- 歌の意味
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片岡に蕨が萌えていなければ、あちこち尋ね歩いて、気晴らしに若菜を摘もうか。
- 鑑賞
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86 若菜
正月のはじめに、大納言の屋敷に平兼盛が参上したときに、話のさなかに何気なく、歌を詠め、と言われたので「今日よりは荻のやけ原かき分けて若菜摘みにと誰をさそはむ」と詠んだ。すると大納言は感心して「かた岡にわらびもえずはたづねつつ心やりにや若菜つままし」と返した。以上が段の全体である。
平兼盛は三十六歌仙の一人に数えられる歌人で、五十六段では兵衛の君と、五十七段では近江の介の御女と歌をやりとりし、五十八段では陸奥での話が語られ、七十二段では亭子院を眺めて歌を詠んでいる。大納言は太政官の官職で、右大臣に次ぐ。
場面は同じ正月のはじめ、大納言の屋敷である。
詠出の直接の契機は、平兼盛の詠んだ「今日よりは荻のやけ原かき分けて若菜摘みにと誰をさそはむ」である。感心して返した歌にあたる。
この返歌をもって八十六段は閉じられる。地の文には歌の評もなく、贈答二首だけで段が成り立っている。
「かた岡」は、一方が傾斜した丘のことである。蕨の生える場所として置かれている。
「わらびもえずは」は、蕨が萌え出ていなければ、という仮定である。「ずは〜まし」の形で事実に反する仮定を作る。
「たづねつつ」は、あちこち尋ね歩いて、の意である。「つつ」が繰り返しを示し、探し回る姿を描く。
結句の「心やりにや若菜つままし」の「心やり」は、気晴らし、慰みのことである。相手が誰を誘おうかと問うたのに対し、こちらは蕨がなければ若菜を摘もうと答える形になっており、誘いにそのまま応じるとも、はぐらかすともとれる返し方になっている。若菜という語を受け取って返す点で、贈答としては整っている。
かた岡——一方が傾斜した丘。
わらび——蕨。春に芽を出す山菜。
もゆ(下二段動詞)——芽を出す。萌え出る。
ずは〜まし——もし〜しなかったならば〜だろうに。事実に反する仮定。
たづぬ(下二段動詞)——尋ね歩く。探し求める。
つつ——〜しては。繰り返しを表す。
心やり——気晴らし。慰み。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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