山里にかよふ心も絶えぬべし
ゆくもとまるも心ぼそさに
- 歌の意味
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山里へ通う心も絶えてしまいそうだ。行く者もとどまる者も、あまりの心細さに。
- 鑑賞
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87 雪のまにまに
但馬の国に出向いていた兵庫允であった男が、その国で妻とした女を置いて京へのぼってしまったので、雪の降るときに女が詠んで寄こした「山里にわれをとどめてわかれ路のゆきのまにまに深くなるらむ」。男の返しに「山里にかよふ心も絶えぬべしゆくもとまるも心ぼそさに」とあった。以上が段の全体である。
兵庫允は兵庫寮の三等官で、兵器などの管理にあたる役職である。但馬の国は現在の兵庫県北部にあたる。この男は続く八十八段にも登場する。妻とした女については、その国で妻とした女という以外、地の文に記載がない。
場面は京である。但馬の女から歌が届けられたところにあたる。
詠出の直接の契機は、女から届いた「山里にわれをとどめてわかれ路のゆきのまにまに深くなるらむ」である。雪が深くなるという嘆きに応じている。
この返歌をもって八十七段は閉じられる。地の文には歌の評もなく、贈答二首だけで段が成り立っている。
「山里にかよふ心」は、山里へ通う心のことである。体は京にあるが心は通う、という言い方を、まず置く。
「絶えぬべし」は、絶えてしまいそうだ、の意である。「ぬべし」が確信を含む推量を表す。相手の歌が道の埋もれることを言ったのを受けて、心の通い路も絶えそうだと応じている。
「ゆくもとまるも」は、行く者も、とどまる者も、の意である。自分と相手とを並べ、どちらも同じだと言う。
結句の「心ぼそさに」は、心細さのために、と理由を示して結ぶ。相手の嘆きを打ち消すのではなく、自分も同じだと重ねる形になっており、慰めにはならないまま終わる。
山里——山あいの里。
かよふ(四段動詞)——行き来する。通う。
絶ゆ(下二段動詞)——途絶える。なくなる。
ぬべし——きっと〜にちがいない。確信を含む推量。
ゆく——行く。去る。
とまる(四段動詞)——とどまる。残る。
心ぼそし——心細い。頼りない。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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