ゆゆしとて忌むとも今はかひもあらじ
憂きをばこれに思ひ寄せてむ
- 歌の意味
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不吉だといって忌み嫌ったところで、今となっては何の甲斐もあるまい。せめてつらい思いをこの扇に託して送ろう。
- 鑑賞
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91 ゆゆしとて
三条の右大臣が中将であったころ、賀茂の祭の勅使に任じられて出向いた際、かつては通っていたが近ごろは途絶えていた女のもとに、このような用事で出かけます、扇が要るのを忙しくて忘れてしまいました、一つ送ってほしいのですが、と言い送った。心配りのある女なので良いものを送ってくるだろうと思っていると、色などもたいそうすばらしい扇の、よい香りのするものを送ってきたが、ひっくり返した扇の裏の端の方に「ゆゆしとて忌むとも今はかひもあらじ憂きをばこれに思ひ寄せてむ」と書きつけてあった。それを見てしみじみと思われて、定方の返しに「ゆゆしとて忌みけるものをわがためになしといはぬはたがつらきなり」とあった。以上が段の全体である。
三条の右大臣は藤原定方。右大臣に至り、三条に邸があったことによる呼び名で、二十九段と七十一段にも登場する。六段の藤原朝忠はその子にあたる。中将は近衛府の次官である。賀茂の祭は賀茂の社の祭で、勅使が遣わされた。相手の女については、かつて通っていた女という以外、地の文に記載がない。
場面は、女が扇を送り返すところである。賀茂の祭は四月に行われ、その時期にあたる。
詠出の直接の契機は、定方から扇を一つ送ってほしいと言ってきたことである。歌は扇そのものの裏、端の方に書きつけられた。
定方はこれを見てしみじみと思い、返しを詠んだ。贈答をもって段は閉じられる。この歌は拾遺集に収められている。
扇を贈ることは、恋人どうしのあいだでは忌まれた。「あふぎ」の音に「あふ」が響く一方、扇は秋の風に用いるものとして、飽きられて捨てられることに結びついたためである。「ゆゆしとて忌む」は、その言い習わしを指す。
「今はかひもあらじ」は、今となっては甲斐もあるまい、の意である。もう恋人どうしではないのだから忌む必要もない、という筋になる。
「憂きをばこれに思ひ寄せてむ」は、つらい思いをこの扇に託して送ろう、の意である。「これ」は扇そのものを指す。
求められた品を素直に贈りながら、その裏に書きつけるという形をとっている。忌まれる品であることを逆手にとり、捨てられたつらさをその品に負わせて返す一首である。
三条の右大臣——藤原定方のこと。
中将——近衛府の次官。
賀茂の祭——賀茂の社の祭。勅使が遣わされた。
勅使——天皇の命を受けて遣わされる使者。
ゆゆし——忌まわしい。不吉だ。
忌む(四段動詞)——嫌って避ける。
かひ——甲斐。効果。
憂し——つらい。情けない。
思ひ寄す(下二段動詞)——心を託す。ことよせる。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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