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今日そへに暮れざらめやはと思へども
たへぬは人の心なりけり

歌の意味
今日とてやがては暮れないことがあろうかと思うけれど、それまで堪えられないのが人の心なのだった。
鑑賞
92 今年は今日に

 今は亡き権中納言が、左大臣の娘に言い寄ったころ、その年の十二月の末日に「もの思ふと月日のゆくも知らぬまに今年は今日にはてぬとか聞く」と詠まれた。また、このようにも「いかにしてかく思ふてふことをだに人づてならで君に聞かせむ」と詠まれた。などと詠みに詠んで、ついに一夜を共にした朝に「今日そへに暮れざらめやはと思へどもたへぬは人の心なりけり」と詠まれた。以上が段の全体である。
 権中納言は権中納言を務めた人で、八十一段と八十二段では右近のもとに通う人として登場し、続く九十三段にも現れる。左大臣の娘については、左大臣の娘という以外、地の文に記載がない。この段は言い寄るころから一夜を共にした朝までを、三首で追う構成になっている。
 場面は、ついに一夜を共にした朝である。
 詠出の直接の契機は、その朝を迎えたことである。後朝の歌にあたる。
 段はこの一首で閉じられる。年の暮れの歌、思いを伝える手立てを嘆く歌、そして一夜のあとの歌と、三首で経過を追う構成になっている。この歌は後撰集に収められている。

 「今日そへに暮れざらめやは」は、今日とてやがては暮れないことがあろうか、という反語である。日は必ず暮れるのだから、また夜は来る、という理屈になる。
 「と思へども」の逆接が、そう分かってはいるけれど、と下へつなぐ。理屈では分かっていることと、心の動きとを切り離す組み立てである。
 結句の「たへぬは人の心なりけり」は、堪えられないのが人の心なのだった、という気づきである。「けり」がその調子を作る。
 五段の「心に似ぬは涙なりけり」、七段の「涙は絶えぬものにぞありける」と同じく、理屈で立てた前提を、心や体の側が裏切るという形をとっている。一夜を得た朝でありながら、次の夜までの時間を嘆く歌になっている。

今日(けふ)そへに——今日とて。今日もまた。
暮る(下二段動詞)——日が暮れる。
やは——〜だろうか、いや〜ない。反語を表す。
ども——〜けれども。逆接を表す。
たふ(下二段動詞)——堪える。我慢する。
人の心——人間の心。
なりけり——〜であったのだなあ。気づきを表す。
出典
大和物語
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