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伊勢の海のちひろの浜にひろふとも
今はかひなくおもほゆるかな

歌の意味
伊勢の海の千尋の浜で拾ったとしても、今となっては何の甲斐もなく思われることだ。
鑑賞
93 ちひろの浜

 同じ権中納言が斎宮の皇女に長らく思いを寄せていたが、ついに今日明日にも逢おうというときに、内親王は伊勢の斎宮となって逢うことが叶わなかった。口にする甲斐もないほど残念だと思って、詠んで差し上げたのがこの歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
 権中納言は前の九十二段にも登場し、そこでは左大臣の娘への求愛が三首で語られる。斎宮の皇女は伊勢神宮に仕える斎宮となられた内親王である。斎宮は未婚の内親王
女王が任じられ、任にある間は俗世との縁が断たれた。
 場面は、内親王が伊勢の斎宮に定まったころである。今日明日にも逢おうという矢先の出来事であった。
 詠出の直接の契機は、その斎宮となられたことである。歌は内親王のもとへ差し上げられた。
 段はこの一首で終わり、内親王の返しも後日のことも語られない。この歌は後撰集に収められている。

 「伊勢の海」は、相手が向かう伊勢の地を指す。逢えなくなった原因の場所が、そのまま歌の舞台になっている。
 「ちひろの浜」の「ちひろ」は千尋、きわめて深いこと、広いことをいう語である。広大な浜という景が作られる。
 「ひろふとも」は、拾ったとしても、の意である。何を拾うとは言わないが、浜で拾うものといえば貝であり、「かひ」の語がそれを受ける。
 結句の「今はかひなく」の「かひ」に、貝と、甲斐とが掛かる。浜で貝を拾っても甲斐がない、と、今となっては何の甲斐もない、とが重なる。広い浜で貝を拾う徒労な行いに、斎宮となった相手を思い続ける自分を重ねた一首である。

権中納言——中納言の定員外に置かれた官職。
斎宮(さいぐう)——伊勢神宮に仕えた未婚の内親王
女王。
皇女(みこ)——天皇の娘。内親王。
伊勢の海——伊勢の国の海。
ちひろ——千尋。きわめて深いこと、広いこと。
ひろふ(四段動詞)——拾う。
かひ——「貝」と「甲斐」との掛詞。
おもほゆ(下二段動詞)——自然と思われる。
出典
大和物語
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