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かくれにし月はめぐりていでくれど
影にも人は見えずぞありける

歌の意味
隠れていた月はめぐって出てきたけれど、その光の中にも、あの人の姿は見えないのだった。
鑑賞
97 月は巡りて

 太政大臣である藤原忠平の妻である北の方が亡くなって一周忌になったので、法事の準備を進めていたころ、月がたいそう美しかったので、縁側に出ていらっしゃって、しみじみとさまざまなことを思いながら詠まれたのがこの歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
 藤原忠平は太政大臣に至った人で、九十四段の藤原師尹、九十六段の藤原実頼はその子にあたる。北の方はその正妻である。
 場面は忠平の屋敷の縁側である。一周忌の法事の支度を進めていた時期で、月の美しい夜にあたる。
 詠出の直接の契機は、その月を眺めたことである。妻の一周忌にあたって、めぐってきた月を見たことになる。
 段はこの一首で終わり、聞き手の反応も後日のことも語られない。続く九十八段でも、忠平が亡き人を偲ぶ話が語られる。この歌は続後撰集に収められている。

 「かくれにし月」は、隠れていた月のことである。月は満ち欠けを繰り返し、隠れてもまためぐって出てくる。
 「めぐりていでくれど」の「ど」が逆接で、出てきたけれども、と下へつなぐ。一周忌という、一年めぐって同じ日に戻ってきた時期が、月のめぐりに重ねられている。
 「影にも人は見えず」の「影」は光の意であるが、同時に姿の意も帯びる。月の光の中にも、その光に照らされていた人の姿は見えない、という筋になる。
 結句の「ぞありける」は「ぞ」の係りが「ける」で結ばれる形である。めぐって戻るものと、戻らないものとを並べる組み立てで、七十一段の「春々の花は散るとも咲きぬべし」と同じ考え方に立つ。

太政大臣(だじゃうだいじん)——太政官の最高位。
北の方——貴人の正妻。
はて——一周忌。
かくる(下二段動詞)——隠れる。見えなくなる。
めぐる(四段動詞)——回る。一巡りする。
影(かげ)——光。また、姿。
ぞ〜ける——係り結び。強調を表す。
出典
大和物語
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