ぬぐをのみ悲しと思ひしなき人の
かたみの色はまたもありけり
- 歌の意味
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脱ぐことばかりを悲しいと思っていたが、亡き人を偲ぶ形見の色は、またあったのだった。
- 鑑賞
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98 形見の色
その太政大臣が、左大臣である藤原実頼の母である菅原の君が亡くなったとき、喪が明けたころ、法皇の取りなしが帝にあって、位階より上の服の色の着用を許された。それで忠平はすばらしい蘇枋重ねの服を着て后のもとに参上し、院のありがたいお計らいによってこうして服の色を許されました、などと伝えて、この歌を詠まれた。そして泣いたそうである。
藤原忠平は太政大臣に至った人で、前の九十七段にも登場する。菅原の君はその妻で、藤原実頼の母にあたる。九十七段の北の方とは別の人である。蘇枋重ねは、蘇枋色を重ねた装束で、身分によって着用が定められていた。
場面は、喪が明けたころの宮中である。忠平が許された色の装束を着て参上したところにあたる。
詠出の直接の契機は、その服の色を許されたことである。喪服を脱いだあとに、新たな色の装束を着ることになった。
歌を詠んだ忠平は泣いたと地の文は記す。段はその一文で閉じられる。
「ぬぐをのみ悲しと思ひし」は、脱ぐことばかりを悲しいと思っていた、の意である。喪服を脱ぐことは、喪が明けて故人から遠ざかることを意味し、それを悲しんでいたことになる。
「なき人のかたみの色」は、亡き人を偲ぶよすがとなる色、の意である。「かたみ」は故人の残した品や、思い出のよすがをいう。
「またもありけり」は、またあったのだった、という気づきである。喪服を脱いだあとにも、故人を偲ぶ色があった、という筋になる。
許された蘇枋重ねの色は、故人の身分ゆえに着ることを許されたものであり、その色を着ることが新たな形見となる。喜ぶべき許しを悲しみのよすがに転じており、忠平が泣いたというのは、この転換が本人にとって思いがけないものであったことを示している。
太政大臣(だじゃうだいじん)——太政官の最高位。
左大臣——太政官の官職。太政大臣に次ぐ。
菅原の君——藤原実頼の母。
法皇——出家した上皇。
蘇枋重ね(すはうがさね)——蘇枋色を重ねた装束。
ぬぐ(四段動詞)——衣服を脱ぐ。ここは喪服を脱ぐこと。
かたみ——故人の残した品。思い出のよすが。
またもありけり——またあったのだなあ。気づきを表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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