小倉山峰のもみぢ葉心あらば
いまひとたびのみゆき待たなむ
- 歌の意味
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小倉山の峰の紅葉よ、もし心があるならば、もう一度の行幸を待っていてほしい。
- 鑑賞
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99 峰のもみぢ葉
法皇のお供に、太政大臣である藤原忠平が大井川に行ったとき、紅葉が小倉の山に美しいので、かならず帝に行幸をおすすめしよう、といって詠まれたのがこの歌である。帰ってから帝に勧められたので、大井の行幸ということが始まったそうである。段はその一文で閉じられる。
藤原忠平は太政大臣に至った人で、九十七段と九十八段にも登場する。法皇は出家した上皇である。大井川は山城の国を流れる川で、小倉山はその北岸にある。
場面は大井川のほとりである。小倉山の紅葉が盛りを迎えていた時期にあたる。
詠出の直接の契機は、その紅葉の美しさを見て、帝にも見せたいと思ったことである。
帰ってから忠平が勧めたことで、大井への行幸が行われるようになったと地の文は記す。歌一首が制度を生んだ形になっている。この歌は拾遺集に収められ、小倉百人一首にも採られている。
「小倉山峰のもみぢ葉」と、紅葉に呼びかける形から始まる。人ではなく木の葉を相手にしている。
「心あらば」は、もし心があるならば、という仮定である。物言わぬものに心を仮定することで、以下の願いが成り立つ。
「いまひとたびのみゆき」は、もう一度の行幸、の意である。「みゆき」は天皇の外出をいう語で、ここでは帝を迎えることを指す。同じ音に「深雪」を掛ける読み方もあるが、この段では行幸の意で用いられている。
結句の「待たなむ」は他に対する願望で、待っていてほしい、と願う。散るなという言い方をせず、待てと言うところに、この歌の運びがある。散るのを止めるのではなく、時を待たせるという形にしたことで、押しつけがましさが避けられている。
法皇——出家した上皇。
太政大臣(だじゃうだいじん)——太政官の最高位。
大井川——山城の国を流れる川。
小倉山——大井川の北岸にある山。紅葉の名所。
もみぢ葉——紅葉した葉。
心あらば——もし心があるならば。
みゆき——天皇の外出。行幸。
なむ——〜てほしい。他に対する願望を表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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