散りぬればくやしきものを大井川
岸の山吹今日さかりなり
- 歌の意味
-
散ってしまえば悔しいものを、大井川の岸の山吹は、今日こそ盛りである。
- 鑑賞
-
100 岸の山吹
大井に藤原季縄の少将が住んでいたころ、帝が花の見ごろには行きたいと言っておられたが、すっかり忘れている様子なので、この歌を詠んだ。それに感じられて、帝は急いでおいでになったそうである。段はその一文で閉じられる。
藤原季縄は少将を務めた人で、八十一段から八十五段に登場する右近の父にあたる。大井は山城の国の地で、大井川が流れる。
場面は大井の季縄の住まいである。山吹が盛りを迎えていた時期にあたる。
詠出の直接の契機は、花の見ごろには行くと言っていた帝が、すっかり忘れている様子であったことである。
歌に感じられて帝は急いでおいでになった。歌一首が人を動かした形で段が締めくくられており、前の九十九段が行幸を生んだ歌であったのに続く配置になっている。
「散りぬればくやしきものを」は、散ってしまえば悔しいものを、の意である。「ものを」が詠嘆を含む逆接で、そうなっては惜しいのに、と下へつなぐ。まだ散っていないうちに、と急かす形になる。
「大井川岸の山吹」は、大井川の岸に咲く山吹である。山吹は水辺に咲く花として詠まれてきた。
結句の「今日さかりなり」は、今日こそ盛りである、と言い切る形である。「今日」の一語が、来るなら今だと告げている。
催促の歌でありながら、来てほしいとも忘れたのかとも言わず、花の状態だけを報じている。判断を相手に委ねる形になっており、帝が急いで来たのは、この言い方が効いたということである。九十九段の「待たなむ」が花に待てと願ったのに対し、こちらは人に急げと告げている点で、対をなす。
大井(おほゐ)——山城の国の地名。大井川が流れる。
少将——近衛府の三等官。
散る(四段動詞)——花が散る。
くやし——悔しい。残念だ。
ものを——〜であるのに。詠嘆を含む逆接。
山吹(やまぶき)——春に黄色い花をつける低木。
さかり——花の盛り。最も盛んな時期。
なり——〜である。断定を表す。
- 出典
-
大和物語
- その他の歌
-