わが乗りしことをうしとや消えにけむ
草にかかれる露のいのちは
- 歌の意味
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私が乗ったことをつらいと思って消えてしまったのだろうか。草にかかる露のようなはかない命は。
- 鑑賞
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109 うしとや消えにけむ
同じ源宗于の娘が、源巨城から以前借りた牛を借りようとしたら、お貸ししたあの牛は死にました、と言われたので、その返事に詠んだ歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
源宗于の娘は前の百八段にも登場し、常夏の歌を詠んでいる。源巨城は牛を貸した人である。
場面の時期や場所は明示されない。示されているのは、以前借りた牛をまた借りようとしたところ、その牛が死んだと知らされたという経緯だけである。
詠出の直接の契機は、その牛が死んだという知らせである。歌はその返事として詠まれた。
段はこの一首で終わり、相手の反応も後日のことも語られない。この歌は後撰集に収められている。
「わが乗りしことをうしとや」の「うし」に、つらいという意と、牛とが掛かる。自分が乗ったことをつらいと思ったのか、という問いの中に、牛そのものが読み込まれている。
「消えにけむ」は、消えてしまったのだろう、という過去の推量である。「消ゆ」は死ぬことを婉曲にいう語で、露の縁語でもある。
「草にかかれる露のいのち」は、草にかかる露のようなはかない命、の意である。牛は草を食むものであり、その草と露とが結びつく。
結句を体言止めで置き、露の命を名指したまま終わる。牛の死を知らされて詠む歌でありながら、責める調子も嘆く調子もなく、うしという一語の掛詞と、草と露の縁とで組み立てられている。実用の用件が歌になった例として、二十二段の太刀の革の歌と同じ系統にあたる。
源宗于——光孝天皇の孫にあたる歌人。
源巨城(みなもとのおほおき)——牛を貸した人。
乗る(四段動詞)——乗る。
うし——「憂し」と「牛」との掛詞。
消ゆ(下二段動詞)——消える。死ぬことを婉曲にいう。
けむ——〜たのだろう。過去の推量。
かかる(四段動詞)——掛かる。すがる。
露のいのち——露のようにはかない命。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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