大空は曇らずながらかんな月
年のふるにも袖はぬれけり
- 歌の意味
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大空は曇ってもいないのに、神無月のこと、年が経つにつれても袖は濡れるのだった。
- 鑑賞
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110 年のふるにも
同じ源宗于の娘が、ある人に詠んで贈った歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
源宗于の娘は百八段と百九段にも登場し、常夏の歌と牛の歌を詠んでいる。贈った相手については、ある人という以外、地の文に記載がない。
場面の時期は神無月、すなわち陰暦十月である。時雨の降る季節にあたる。
詠出の直接の契機は地の文に記されない。示されているのは、ある人に贈ったということだけである。
段はこの一首で終わり、相手の返しも後日のことも語られない。百八段からこの段まで、源宗于の娘の歌が三段続けて並べられており、その最後にあたる。
「大空は曇らずながら」は、大空は曇ってもいないのに、の意である。「ながら」が逆接で、それなのに、と下へつなぐ。雨の降る理由がないことを、まず置く。
「かんな月」は陰暦十月で、時雨の降る季節である。空は晴れているのに、時雨の季節だから濡れる、という筋が用意される。
「年のふる」の「ふる」に、時を「経る」と、雨が「降る」とが掛かる。年月が経つことと、雨が降ることとが重なる。
結句の「袖はぬれけり」は、袖は濡れるのだった、という気づきである。袖が濡れるのは雨ではなく涙であり、空が晴れていることを先に述べたことで、その理由が涙以外にないと示される。年が経っても変わらないことを、時雨の季節にかけて述べた一首である。
大空——広い空。
曇る(四段動詞)——空が曇る。
ながら——〜でありながら。逆接を表す。
かんな月——陰暦十月。神無月。時雨の季節。
年のふる——年月が経つ。「降る」を掛ける。
ふる——「経る」と「降る」との掛詞。
袖(そで)——袖。涙を受けるものとされた。
ぬる(下二段動詞)——濡れる。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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