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こち風は今日ひぐらしに吹くめれど
雨もよにはたよにもあらじな

歌の意味
東風は今日一日中吹いているようだが、雨もまさか、夜にはもう降らないだろう。
鑑賞
112 こち風

 同じ橘公平の三女が、兵衛尉という役職にあったもろただという男と恋仲になって、あるとき贈った歌である。風が吹いて雨が降る日のことであった。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
 橘公平は大膳職の長官を務めた人で、その娘たちはあがたの井戸と呼ばれる所に住んでいた。長女は后の宮に少将の御という名で仕えた。三女は源信明が若いころ初めての恋人にした人で、百十一段から百十三段、および百十六段に歌が見える。もろただは兵衛尉を務めた男で、続く百十三段にも登場する。
 場面は風が吹き雨の降る日である。歌に東風が詠まれていることから、春のことと知れる。
 詠出の直接の契機は、その風雨である。天候が相手の訪れを妨げかねない状況にあたる。
 段はこの一首で終わり、もろただの返しも後日のことも語られない。続く百十三段では、この二人が疎遠になったのちのやりとりが語られる。

 「こち風」は東から吹く風で、春に吹き、雨を呼ぶものとされた。
 「今日ひぐらしに吹くめれど」は、今日一日中吹いているようだが、の意である。「ひぐらし」は一日中の意、「めり」は推量を表す。「ど」の逆接が、それでも、と下へつなぐ。
 「雨もよにはた」の「よに」は、まさか、決して、の意である。打消と呼応して強い否定を作る。
 結句の「よにもあらじな」の「よ」に、夜と、副詞の「よに」とが響く。雨も夜にはあるまい、と、まさかそんなことはあるまい、とが重なる。雨が降り続けば来られないという事情を、天候の見通しとして述べる形になっている。来てほしいとは一言も言わず、夜には晴れるだろうと述べるにとどめた一首である。

兵衛尉(ひやうゑのじょう)——兵衛府の三等官。
こち風——東から吹く風。春に吹き、雨を呼ぶとされた。
ひぐらし——一日中。日の暮れるまで。
めり——〜のようだ。推量を表す。
よに——まさか。決して。打消と呼応する。
はた——また。やはり。
よ——「夜」と副詞「よに」とを響かせる。
あらじ——あるまい。「じ」は打消の推量。
出典
大和物語
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