袖をしも貸さざりしかど七夕の
あかぬわかれにひちにけるかな
- 歌の意味
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袖を貸したわけでもないのに、七夕のあかぬ別れのように、私の袖は濡れてしまったことだ。
- 鑑賞
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114 七夕の別れ
桂の皇女が七夕のころ、人目を忍んで男と会って、その男に贈った歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
桂の皇女は桂に住まわれた皇女で、二十段、二十六段、七十六段、七十七段にも歌が見え、続く百十七段にも登場する。相手の男については、地の文に記載がない。
場面は七夕のころである。七夕は牽牛と織女が年に一度だけ逢うとされる日で、逢瀬とその別れが結びつけられてきた。
詠出の直接の契機は、その忍び逢いのあとの別れである。歌は男のもとへ贈られた。
段はこの一首で終わり、男の返しも後日のことも語られない。前の百十三段が衣の袖を詠んだのに続き、この段も袖を詠む形になっている。
「袖をしも貸さざりしかど」は、袖を貸したわけでもないのに、の意である。「しも」は強めの助詞で、「かど」の逆接が下へつなぐ。七夕には衣を貸すという習わしがあり、それを踏まえた言い方になっている。
「七夕のあかぬわかれ」は、七夕の、飽き足りない別れ、の意である。牽牛と織女は年に一度しか逢えず、その別れは常に名残惜しいものとされた。
結句の「ひちにけるかな」の「ひつ」は、濡れる、ずぶ濡れになる、の意である。「けるかな」が気づきと詠嘆を重ねる。
袖を貸してもいないのに袖が濡れた、という理屈で組み立てられている。貸せば濡れるのは当然だが、貸してもいないのに濡れたのは涙のためだ、という筋になる。忍び逢いという立場が、七夕という年に一度の逢瀬に重ねられている。
桂の皇女——桂に住まわれた皇女。
七夕(たなばた)——陰暦七月七日。牽牛と織女が逢うとされる日。
しも——強めを表す副助詞。
貸す(四段動詞)——貸す。七夕に衣を貸す習わしがあった。
あかぬわかれ——飽き足りない別れ。名残惜しい別れ。
ひつ(上二段動詞)——濡れる。ずぶ濡れになる。
けるかな——〜てしまったことだなあ。気づきと詠嘆を表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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