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長けくも頼みけるかな世の中を
袖になみだのかかる身をもて

歌の意味
長いあいだ頼みに思ってきたことだ。この世の中を、袖に涙のかかるこの身のままで。
鑑賞
116 長けくも

 橘公平の娘が死ぬときに詠んだ歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
 橘公平は大膳職の長官を務めた人で、百十一段から百十三段にはその三女の歌が置かれている。この段の娘は、その三女とみられる。
 場面は死に臨んだときである。時期や場所は明示されない。
 詠出の直接の契機は、その死である。臨終にあたって詠まれた歌にあたる。
 段はこの一首で終わり、聞き手の反応も後日のことも語られない。百十一段でこの三女は、あの世の別れ路の淵瀬を誰に尋ねて渡ろうかと詠んでおり、その歌とこの一首が呼応する形になっている。

 「長けくも」は、長いあいだ、の意である。「けく」は状態を表す言い方で、「も」が詠嘆を添える。
 「頼みけるかな」は、頼みに思ってきたことだ、という詠嘆である。「たのむ」は四段では、あてにする、頼りにする、の意になる。
 「世の中を」は、この世を、の意である。「世の中」には男女の仲の意もあり、両方に読める。
 結句の「袖になみだのかかる身をもて」は、袖に涙のかかるこの身のままで、の意である。「もて」は、〜でもって、〜のままで、の意である。涙に濡れ続けた身で、それでもこの世を頼みにしてきた、という筋になる。死に臨んで恨みも祈りも述べず、生きてきた年月をどう過ごしたかだけを述べた一首である。

橘公平——大膳職の長官を務めた人。
長けく——長いあいだ。「けく」は状態を表す。
も——詠嘆を表す。
たのむ(四段動詞)——あてにする。頼りにする。
世の中——この世。また、男女の仲。
袖(そで)——袖。涙を受けるものとされた。
かかる(四段動詞)——掛かる。降りかかる。
もて——〜でもって。〜のままで。
出典
大和物語
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