もろともにいざとは言はで死出の山
などかはひとり越えむとはせし
- 歌の意味
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一緒にさあ行こうとも言わずに、死出の山を、どうしてひとりで越えようとなさったのか。
- 鑑賞
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119 鳥よりほかの声
前段と同じ女に、陸奥の国の守を務め今は亡くなった藤原真興が詠み贈った歌である。病が重症になって症状がゆるんだころのことであった。「からくして惜しみとめたるいのちもて逢ふことをさへやまむとやする」とあり、女の返しに「もろともにいざとは言はで死出の山などかはひとり越えむとはせし」とあった。しかし男が出向いた夜も、逢えない事情があったのか女とは逢えず、帰った翌朝に男から「あかつきは鳴くゆふつけのわび声におとらぬ音をぞなきてかへりし」と贈った。女の返しに「あかつきの寝覚めの耳に聞きしかど鳥よりほかの声はせざりき」とあった。以上が段の全体である。
藤原真興は陸奥の守を務めた人である。相手の女は前の百十八段に登場した閑院のおおいきみである。なお、これらの歌が源信明の家集に入っているのは、真興と信明の名が似ているために取り違えられたものとみられる。
場面は同じく、真興が病から持ち直したころである。
詠出の直接の契機は、真興から届いた「からくして惜しみとめたるいのちもて逢ふことをさへやまむとやする」である。命をつないだと述べた歌に応じている。
この歌のあと、真興は女のもとへ出向くが逢えず、段は翌朝の贈答へと続いていく。この歌は後撰集に収められている。
「もろともに」は、一緒に、二人で、の意である。百十三段でも用いられている。
「いざとは言はで」は、さあ行こうとも言わないで、の意である。「で」は打消の接続である。
「死出の山」は死者が越えるとされる山である。相手が命を惜しんだと言ったのを受けて、死のほうへ話を移している。
結句の「などかはひとり越えむとはせし」は、どうしてひとりで越えようとしたのか、という問いである。命が危うかったことを責める形をとりながら、一緒に行こうと誘わなかったことをとがめている。百四段の「消えばともにと契りおきてき」と同じく、死ぬなら共にという約束を前提にした言い方である。相手の病を案じる歌でありながら、恨みの形で述べている。
もろともに(副詞)——一緒に。二人で。
いざ——さあ。人を誘うときの語。
で——〜しないで。打消の接続。
死出(しで)の山——死者が越えるとされる山。
などかは——どうして。なぜ。
越ゆ(下二段動詞)——山を越える。
せし——しようとした。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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