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花ざかり春は見に来む年きりも
せずといふ種は生ひぬとか聞く

歌の意味
花盛りの春には見に行こう。年切りもしないという種が生えたと聞いたのだから。
鑑賞
120 つひに咲きける梅

 太政大臣である藤原忠平は大臣になってから随分経つのに、枇杷の大臣と呼ばれる藤原仲平はなかなか大臣になれないでいて、ついになられた祝賀に、忠平は梅を髪に挿して「遅くとくつひに咲きける梅の花たが植ゑおきし種にかあるらむ」と詠んだ。その日の様子を歌とともに手紙に記して斎宮に差し上げるときに、藤原定方の娘である御息所がこれに歌を加えて「いかでかく年きりもせぬ種もがな荒れゆく庭の影と頼まむ」と詠んだ。このように願った甲斐があって、藤原実頼が通ってくるようになったので、御息所は子宝に恵まれ一族が繁栄することとなった。そんなとき、斎宮から「花ざかり春は見に来む年きりもせずといふ種は生ひぬとか聞く」とあった。以上が段の全体である。
 藤原忠平は太政大臣に至った人で、九十七段から九十九段にも登場する。藤原仲平は枇杷殿と呼ばれ、六十八段でとしこと柏木の歌をやりとりしている。二人は同母の兄弟である。御息所は藤原定方の娘で、九十四段から九十六段に三条の御息所として登場する。藤原実頼は忠平の子で、九十六段では三条の御息所に歌を贈っている。斎宮は伊勢神宮に仕える内親王である。
 場面は、御息所の身の上に変化があったのちである。藤原実頼が通ってくるようになり、御息所は子宝に恵まれ、一族が繁栄することとなった。
 詠出の直接の契機は、その知らせである。歌は斎宮から御息所のもとへ贈られた。
 段はこの一首で閉じられる。忠平の祝賀の歌から始まり、御息所の願いを経て、その願いが叶ったことを祝う歌で終わる構成になっている。この歌は後撰集に収められている。

 「花ざかり春は見に来む」は、花盛りの春には見に行こう、の意である。「む」が意志を表し、訪ねる約束の形をとる。
 「年きりもせずといふ種」は、年切りもしないという種、の意である。御息所が願った語をそのまま受け取っている。
 結句の「生ひぬとか聞く」は、生えたと聞いた、の意である。「とか聞く」が伝聞を表し、人づてに知らせを得たことを示す。
 御息所が種がほしいと願ったのに対し、その種が生えたと聞いたから花を見に行こう、と応じている。願いと成就と祝いが、種と花という一続きの語で結ばれる形になっており、三首の贈答が一つの筋を成す。忠平の詠んだ梅の花が、ここで再び花として戻ってくる。

花ざかり——花の咲きそろった盛り。
春(はる)——春。
見に来(く)——見に行く。訪ねて行く。
年きり——年限を切ること。ここは実が絶えること。
生ふ(上二段動詞)——生える。
とか聞く——〜と聞いている。伝聞を表す。
む——〜しよう。意志を表す。
出典
大和物語
その他の歌