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いかなればかつがつものを思ふらむ
名残もなくぞわれは悲しき

歌の意味
どうしてあれこれと物思いができるのだろう。名残もないほどに、私は悲しいというのに。
鑑賞
122 かつがつ

 としこが志賀寺にお参りをしたとき、増喜君という僧と逢って一夜を共にした。橋殿に部屋をとって、さまざまなことを約束しあった。いまはとしこが帰ろうとするときに、増喜のところから「あひ見ては別るることのなかりせばかつがつものは思はざらまし」とあった。としこの返しに「いかなればかつがつものを思ふらむ名残もなくぞわれは悲しき」とあった。以上が段の全体である。
 としこは藤原千兼の妻で、三段では亭子院の御賀の支度を任され、九段では弔いの歌を詠み、十三段ではその死が語られる。四十一段では源大納言の屋敷に集まる四人の一人として登場し、六十六段から六十八段にも歌が見える。増喜君は僧で、続く百二十三段にも登場する。志賀寺は近江の国にあった寺である。
 場面は同じく志賀寺、としこが帰ろうとするところである。
 詠出の直接の契機は、増喜から届いた「あひ見ては別るることのなかりせばかつがつものは思はざらまし」である。あれこれ物思いをすると述べた歌に応じている。
 この返歌をもって百二十二段は閉じられる。地の文には歌の評もなく、贈答二首だけで段が成り立っている。この歌は新続古今集に収められている。

 「いかなれば」は、どうして、なぜ、の意である。相手の言い分に疑問を投げる形から始まる。
 「かつがつものを思ふらむ」は、相手の使った「かつがつ」をそのまま取り上げている。あれこれと物思いをする、というほどのゆとりがどこにあるのか、と問う形になる。
 「名残もなくぞ」は、名残もないほどに、の意である。「名残」は後に残るもののことで、それさえないほど悲しみに尽くされている、という筋になる。「ぞ」の係りが「悲しき」で結ばれる。
 相手が程度を示す語を使ったことを捉えて、そんな程度の悲しみではないと返している。語の選び方そのものを突く返し方で、この作品の女歌にしばしば見られる調子である。

いかなれば——どうして。なぜ。
かつがつ(副詞)——あれこれと。いくらか。
もの思ふ——思い悩む。
らむ——〜しているのだろう。現在の推量。
名残(なごり)——あとに残るもの。余韻。
ぞ〜き——係り結び。強調を表す。
出典
大和物語
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