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鹿の音はいくらばかりのくれなゐぞ
ふりいづるからに山の染むらむ

歌の意味
鹿の声はどれほどの紅色なのだろう。声を振り出すたびに、山が染まっていくようだ。
鑑賞
127 鹿の音

 その檜垣の御が、太宰府の大弐の館で、秋の紅葉の歌を詠めと言われたときに詠んだ歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
 檜垣の御は筑紫に住んでいた遊女で、物事に通じ、世間を達者に渡ってきた人である。百二十六段から百二十八段まで三段続けて登場する。前の百二十六段では、乱によって落ちぶれた姿が語られている。大弐は大宰府の次官で、館はその官舎にあたる。
 場面は太宰府の大弐の館である。秋の紅葉が題として与えられた場にあたる。
 詠出の直接の契機は、秋の紅葉の歌を詠めと言われたことである。題詠にあたる。
 段はこの一首で終わり、聞き手の反応も後日のことも語られない。続く百二十八段でも、檜垣の御が難題を出される場面が語られる。

 「鹿の音」は、秋に鳴く鹿の声である。妻を求めて鳴くものとされ、古くから秋の景物として詠まれてきた。
 「いくらばかりのくれなゐぞ」は、どれほどの紅色なのか、という問いである。声に色があるという前提を、いきなり置いている。
 「ふりいづるからに」の「ふりいづ」は、声を振り出す、すなわち声を上げることをいう。「からに」は、〜するとすぐに、の意である。
 結句の「山の染むらむ」は、山が染まっていくのだろう、という推量である。鹿が鳴くたびに山が紅葉していく、という筋になる。紅葉の原因を鹿の声に求める着想が、この一首の要である。声を色として捉え、それが山を染めるとした点に、題詠としての工夫がある。

太宰府(だざいふ)——九州に置かれた役所。
大弐(だいに)——大宰府の次官。
館(たち)——官舎。役人の住まい。
鹿の音(ね)——鹿の鳴き声。秋の景物。
いくらばかり——どれほど。
くれなゐ——紅色。
ふりいづ(下二段動詞)——声を振り出す。声を上げる。
からに——〜するとすぐに。
染む(四段動詞)——染まる。色づく。
出典
大和物語
その他の歌