わたつみのなかにぞ立てるさを鹿は
秋の山べやそこに見ゆらむ
- 歌の意味
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大海の中に立っている牡鹿よ——秋の山辺が、その底に見えているのだろうか。
- 鑑賞
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128 秋の山辺
また檜垣の御に、歌好きたちが集まって、わざと難しい上の句を持ち出して下の句を詠ませようとしたときに詠まれたのがこの歌である。上の句として「わたつみのなかにぞ立てるさを鹿は」と出され、それに続けて檜垣の御が「秋の山べやそこに見ゆらむ」と詠んだのだった。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
檜垣の御は筑紫に住んでいた遊女で、物事に通じ、世間を達者に渡ってきた人である。百二十六段から百二十八段まで三段続けて登場する。前の百二十六段では乱によって落ちぶれた姿が、百二十七段では大弐の館での題詠が語られている。
場面は、歌好きたちが集まった場である。海の中に立つ鹿という、現実にはありえない情景を上の句として出されている。
詠出の直接の契機は、その上の句に続く下の句を求められたことである。即興での付句にあたる。
段はこの一首で終わり、その場の反応も後日のことも語られない。上の句と下の句を別人が詠む連歌の形をとる、この作品では珍しい一首である。
「わたつみのなかにぞ立てるさを鹿は」が与えられた上の句である。大海の中に鹿が立っているという、成り立たない情景を出して、答えに窮させようという趣向になっている。
これに対する下の句が「秋の山べやそこに見ゆらむ」である。「そこ」に、その場所という意と、水の底をいう「底」とが掛かる。この一語が上の句を成り立たせる鍵になる。
海面に秋の山辺が映っており、その水に映った山に鹿が立っている、と読めば、海の中に鹿が立つという情景に説明がつく。あるいは水底に映る山を見ている鹿とも読める。
難題として出された上の句を、掛詞一つで受け止めており、初めから海と紅葉と鹿を組み合わせて詠まれた歌のように仕上がっている。身分の低い者を試そうとした場での即興の切り返しとして、この段は語られている。
わたつみ——海。大海原。
なか——中。内部。
さを鹿——牡鹿。「さ」は接頭語。
秋の山べ——秋の山辺。紅葉した山。
そこ——「其処(その場所)」と「底(水底)」との掛詞。
見ゆ(下二段動詞)——見える。
らむ——〜しているのだろう。現在の推量。
連歌(れんが)——上の句と下の句を別人が詠み継ぐ形式。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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